不確実な世界で勝っている人は、何を見て、どう決断するのか。米大統領選の予測で知られる統計学者で、ポーカープレイヤーでもあるネイト・シルバーは、ポーカー大会、ウォール街、シリコンバレー、AIまで、分析的で競争心旺盛な人々が集う広大な生態系を「リバー」と名づけた。
『世界は「賭け」で動いている──期待値で未来を読むリスクテイカーたちの思考法』(ネイト・シルバー著、濱野大道訳、光文社刊)
『世界は「賭け」で動いている──期待値で未来を読むリスクテイカーたちの思考法』(濱野大道訳、光文社刊)は、その住民たちの思考と行動を追い、彼らの強さを生む発想と、その裏側に潜む過信や暴走の危うさまで描き出した一冊。本稿では、その一部を抜粋・編集してお届けする。
イーロン・マスクはリスクを気にしない「ハリネズミ」
シリコンバレーには先見の明を持つ者もいれば、たんなる模倣者もいる。世界を変えることを願う若者もいれば、甘やかされたガキもいる。そして、若くして巨万の富と名声を手にした社会不適合者が大勢いる。私の考えるところ、この世界をうまく機能させるには、しばしば対立するふたつの性格タイプ間の共生が必要になる。
『シグナル&ノイズ』を読んだ方は、われわれの毛むくじゃらの友だちであるキツネとハリネズミの話を覚えているかもしれない。その由来は古代ギリシャの詩人アルキロコスによる「キツネは多くの小さなことを知っているが、ハリネズミはひとつの大きなことを知っている」という言葉にある。この分類を新しい側面から利用したのが、政治学者や専門家の予測能力について長期的な研究を行なったフィル・テトロックだった。著書『専門家の政治予測──どれだけ当たるか? どうしたら当てられるか?』(桃井緑美子・吉田周平訳、みすず書房、2022年)のなかでテトロックは、大半の専門家は予想を立てるのがひどく下手くそだと主張した。ただし、多くの小さなことを知っているキツネ的性質を持つ専門家による予測は、比較的精度が高いものだった。そのような賢い小さなキツネこそが、『シグナル&ノイズ』で私が取り上げた主人公たちだった。
でもキツネ型は起業家には向かないのでは?
もちろん、例外はある。しかし一般的にVCが探し求める理想の起業家は、ひとつの突飛なビッグアイデアを持ち、それを10年以上にわたって追い求める人間。要は、失敗するかもしれないが、世界を一変させる小さな可能性を秘めたアイデアを持つ人だ。そうした人物像は、まちがいなくハリネズミ的な性格の持ち主ということになる。
イーロン・マスクのような人物について考えてみてほしい。ハリネズミ型のほぼすべての特徴がぴったり当てはまることがわかるはずだ。彼は極端に頑固で、よく言えば意志が強い。マスクはエンジニアのように考えて秩序を求めるが、これもまたハリネズミ型の特徴となる。
元起業家のピーター・ティールも基本的にはハリネズミ派の一員であり、秩序と原則を大切にする。マスクほどのリスク耐性を持つ人はめずらしいとしても、ハリネズミ型とリスクのあいだには独特の関係性がある。ハリネズミはリスクを見積もるのがあまり得意ではなく、多くの人には極端にリスクが高そうに見える試みに取り組むことがある。ハリネズミは、他人と同じように確率を計算しているわけではない。あるいは確率などそもそも気にせず、ライフワークとしてみずからの試みに没入することもある。
一方、VCにとってはキツネ型の習慣がおおいに役立つことがある。投資先を決めるときに彼らは予測を行なうが、テトロックの研究で明らかになったようにキツネは予測を得意としている。かならずしもVCが、高度に統計的な方法で予測をしているわけではない。とはいえ、さまざまな異なる業界の企業から何百ものプレゼンを聞かされる彼らは、多くについて少しずつ知っておく必要がある。




