満州族のサマン教の現在を追う
金大偉監督について紹介したい。
筆者は金監督と20代の頃、東京で知り合っている。彼は当時テレビ局のディレクターをしていたが、30代になるとすぐに局を辞めて、フリーランスで音楽やアート、映像作品の制作を始めた。
両親と一緒に来日したのは彼が中学生の頃で、当初は日本語がうまく話せず苦労したそうだ。ところが、彼はすぐに日本の学校生活に慣れ、高校時代はロック少年になったという。文化祭でステージに立ってバンドのボーカルを担当していたというのだ。
両親はともに画家という芸術一家に生まれた金監督にとっては自然のことだったのかもしれないが、当時は1970年代後半という、まだ文化大革命が終わったばかりの頃で、その時期に来日したことを考えると、驚くようなエピソードといえる。
学生の頃の彼は自分の出自や民族について、あまり考えたりしなかったという。そんな金監督が、なぜ『天空のサマン』のような作品を撮ることになったのか。
転機は2007年だった。その年の夏、彼は自らの出身地の遼寧省撫順市を訪れた。撫順市の郊外には、清朝初代皇帝のヌルハチとその一族の陵墓があり、いわばそこは清王朝の発祥の地でもある。数年前から自分が満洲族の血を引く人間であることを意識するようになり、故郷を訪ねて満洲文化の痕跡を探しに出かけた。
ところが、現地では再建された抜け殻のような遺構はあっても、文化の香りは見つからなくてショックを受けたという。当時、彼は「気づくのが遅すぎだ」と話していた。
その後、金監督は毎年のように中国東北地方各地を訪ねた。現地で知り合った満洲学の研究者らの情報提供や支援があり、どこそこに満洲語の話者やサマンがいると聞くと、その地をくまなく訪ねた。
だが、統計上は中国に約1000万人いるとされる満洲族のうち、満洲語を話せる人は、ほんのひと握りしか残っていなかったのである。
金監督の作品『天空のサマン』は、映画『ラストエンペラー』で知られる中国最後の王朝、清帝国を築いた満洲族が信仰しているサマン教(シャーマニズム)の現在の姿を追うという内容だ。
彼自身は、作品について「天と人をつなぎ、霊性を重んじる伝統と言葉が、今滅びようとしている。時空を越え伝わる人間の叡智、失われようとしている祈りの文化。民族のアイデンティティーを求め、巡りゆくロードムービー」であると説明する。
そして、現地で撮影をしていた当時について「自分の民族的アイデンティティーに関わる使命という面もあるが、目に見えない先祖の力に守られて、果たさなければならない天命のようなものがあった」と語っている。


