メルカリが、越境取引事業の急拡大の先で選んだのは「AI時代の決済インフラ」だった。
年間取引総額1.2兆円を超えるマーケットプレイス「メルカリ」は、2025年9月に「メルカリ グローバルアプリ」をリリースし、決済インフラにStripeを導入した。
国ごとに異なる通貨や法律、そして「決済時にサイトを離れる」という体験の壁を、いかにして越えようとしているのか。同社のManager of Cross Border Business Developmentである正木貴大が語った。
日本のマーケットプレイスにおいて圧倒的な取引額を誇るメルカリ。
年間取引総額(GMV)は約1.2兆円を超え、いまや国内の社会インフラとしての地位を確立。その視線はいま、海外にも向けられている。
2019年から本格化した越境取引事業は、わずか数年で年間取引総額を15倍にまで成長させ、GMVの約9%を占める1,000億円規模のビジネスへと飛躍した。
「決済時にサイトを離れる」という深刻な問題
メルカリの越境取引事業は、当初、代理購入パートナーを経由する形で展開されてきた。海外のユーザーが商品を検索し、購入ボタンを押すと、外部のパートナーサイトへリダイレクトされる。
そこで決済を済ませ、再び「メルカリ」に戻る。この仕組みによって、メルカリはスピーディーに事業を立ち上げてきた。
しかし、更なる飛躍を目指すうえで、このユーザー体験が課題となっていた。
「『メルカリ』を利用されるお客さまからすれば、思いがけず外部の代理購入パートナーサイトに遷移することで、不安が生じます。操作も煩雑になり、安心感も簡便さも欠けていた。振り返れば、ここが購入プロセスにおける最大の課題でした」と、正木は振り返る。
購買データを分析しても、カート離脱率の高さが際立っていたのだ。
近年、動画配信サービスを通じた日本のアニメやコンテンツが世界的に普及し、関連グッズへの需要が急増中だ。
この追い風に乗るべく、メルカリはグローバルアプリを2025年9月にローンチし、台湾と香港、米国で展開している。
これらのエリアでより多くのユーザーに利用してもらうこと、そして欧州等への進出も見据え、メルカリは「すべてをアプリ内で完結させるシームレスな体験」への転換を決断する。そのパートナーとして白羽の矢が立ったのが、Stripeだった。
エンジニアが強く推奨した「Stripe」という選択肢
決済パートナーの選定にあたり、メルカリ社内ではビジネスサイドがコストや収益性を重視して比較検討を進める一方、エンジニアは一貫してStripeの導入を強く推し続けたという。正木は、当時の議論を振り返る。
「前職で開発経験があるエンジニアもいて、Stripeへの支持が大きかったのです。APIドキュメントの充実度や、欲しい情報がすぐに把握できる点を高く評価していました。最終的には、エンジニアの強い推薦に後押しされて導入を決めました」
プロダクトの力で成長してきたメルカリは、エンジニアの意見を尊重する風土がある。
ただ、実装しやすさだけではなく、2年以内にグローバルアプリを50カ国以上で展開するという野心的なスピードを実現するためにも、Stripeが最適な選択だった。
「国ごとに現地法人を立て、個別の決済パートナーを探していたら、事業展開のスピードは大幅に落ちます。日本法人として契約しながら、あらゆる通貨への対応、現地発行カードの受け入れ、不正対策を一つのプラットフォームでカバーできる。このスケーラビリティは、僕らが求めていたものでした」
メルカリの海外展開は、まずクロスボーダーで行い、市場の重要性が確認できてから必要に応じて現地法人を設立するという方針を立てている。
このスピード感に対応できる決済パートナーは、世界195カ国以上でのカード決済に対応しているStripeだけだった。
効果を即実感、決済成功率が二桁改善
Stripe導入の効果は、即座に数字となって現れた。
導入後の決済成功率は、外部の代理購入パートナーサイトへ遷移していた時代と比較して、二桁パーセント以上も改善したのである。
「最も影響が大きかったのは、やはり『メルカリ』の世界観の中で決済を完結させたことです。加えて、現地通貨での金額表示も重要でした」
Stripeの「FX Quote API」を活用することで、最新の為替レートに基づいた現地通貨表示をリアルタイムで実現。
日本円表示による心理的ハードルを排除しつつ、メルカリ側も為替リスクをコントロールすることが可能になった。
さらに、各国のユーザーに最適化された決済UIも大きな武器となった。
カード入力フォームから3Dセキュアの表示に至るまで、Stripeがグローバルで磨き上げたUIを利用できるのだ。
「UIのわずかな違いで、コンバージョン率は3〜4%変わります。そこを自社でチューニングする必要がないのは、想像以上に大きなメリットです」と、正木は手応えを滲ませる。
グローバルデータとAIが拓く、未知の市場への安全な参入
CtoCプラットフォームにおいて、常に付きまとうのが不正利用やなりすましのリスクだ。
特に海外展開においては、未知の市場で不正パターンをいかに検知するかが事業の生命線を握る。
ここで威力を発揮しているのが、Stripeが提供するAI不正対策ソリューション「Stripe Radar」である。
「当社には、海外決済のナレッジがありません。何を基準に不正を制御すればいいかわからない中で、Stripeが持つ膨大なグローバルデータが羅針盤になりました」と、正木はStripeへの信頼を語る。
Stripeには、年間総決済額1.9兆ドル(約300兆円)以上から生まれる膨大な決済データがある。
「メルカリ」上では一見正常に見える取引でも、Stripeのネットワーク全体で見れば不正の兆候が浮き彫りになる。
「Stripe Radar」は、そうしたパターンを機械学習で即座にキャッチするのだ。
運用面では、3Dセキュアの適用戦略を国ごとに細かく設定できる柔軟性を有する。
例えば、セキュリティ認証が浸透している台湾では100%適用する一方、決済の利便性が重視される米国ではリスクベースで適用を変えるといったバランスの最適化を、データに基づいて実行できる。
「データという根拠があるからこそ、過度に慎重になることなく、新しい国へも自信を持って参入できるようになりました。不正を止めながら、正規ユーザーの購買体験を壊さないという信頼性を実現できています」
購入代行パートナー経由の取引はこれまで通り維持しつつ、「メルカリ」内で決済を完結させる仕組みも導入し、これまで以上に海外の一般ユーザーが利用しやすい体験を提供する。
自国内の日常生活でECを利用している層が、その延長線上で越境ECを使えるようになる世界を、Stripeとともに実現したのだ。
AIが『買い物する』時代、決済インフラに求められるもの
正木は越境取引事業の難しさについて、「決済、物流、各国の規制などのハードルがいくつもある。事業に取り組んでみると、その壁の高さを改めて実感します」と語る。
実際、メルカリの越境取引事業には、物流やカスタマーサポートのあり方など、まだ改善余地のある機能がいくつかある。
だが、決済に関しては正直なところ問題がないという。
「日本の商品やコンテンツに対する海外の需要は、いま、かつてないほど高まっています。この絶好のタイミングを逃すべきではない。Stripeのような適切なパートナーとタッグを組むことで、大胆な海外展開が不可能ではなくなりました」
そしてこれからのAI時代、メルカリの視線はお客さま体験のアップデートに向かっている。
「AI-Native」の方針を掲げる同社は、AIによる出品サポートや検索絞り込み機能などを実装しているほか、AIエージェントが購買・出品行動の入口になることも見据え、さまざまなAIサービスと「メルカリ」の接続基盤の構築も進めている。
2026年6月には、OpenAI社のChatGPT上で「メルカリ」の商品を検索できる機能の提供も始めた。
AIの発展とともに、決済のあり方も変化していくと正木は考える。
「人間同士の取引であれば、相手が誰か、商品の状態はどうかといった情報の解釈に安心感が必要でした。ところがAI時代は、そうした情報の精査から決済の実行までが自動化されます。そこで重要になるのは、AIが安全に取引を実行できるインフラの信頼性です。不正検知の仕方も、AIが買い物することを前提にアップデートしていく必要があると考えています」
メルカリが描く、国境を越えた新たな循環型社会の実現。
その構想を支えるのは、世界標準の決済インフラであるStripeだ。
まさき・たかひろ◎株式会社メルカリ Manager of Cross Border Business Development。HR tech企業にてプロダクトマネージャーおよびバックエンドエンジニアを担当した後、2016年10月にメルカリへ入社。イギリス版のプロダクトマネージャーとして立ち上げに携わり、その後は日本版のプロダクトマネージャーを担当。退職後、男性向け化粧品企業にて海外事業企画に従事した後、2021年にメルカリへ復帰。海外スタートアップへの投資検討・実行リードを経て、越境取引事業に事業開発として参画。



