移転に際しては、地元の銀行から6億円を借りた。「料理人個人への融資としては、最高額ではないかと思います」とさらっと話す。10年の実績と信頼があってこそだったが、そのタイミングで県職員からレヴォに転職した澤 千恵は、あまりの僻地に「いくら谷口シェフでも人が来ないのでは、と言われました」と振り返る。しかもオープンはコロナ禍の20年末。しかし、蓋を開ければ、ほぼ満席。近隣からのゲストも多く、地元に支えられていることを痛感した。
富山の料理人たちとともに
富山の文化・産業・自然を織り込んだ食体験で、レヴォは二つ星を獲得し、谷口は『ゴ・エ・ミヨ』で2度「今年のシェフ賞」を受賞。日本を代表するデスティネーションレストランとなり、客の3割を訪日客が占めるが、どちらかというと、もっと日本の人、さらには富山の人に富山の魅力を知ってほしいというのが谷口の本音だ。レストランを始めたころから、「富山の素晴らしさを自慢したい。協力してくれる生産者さんや作家さん、富山の人に誇ってもらえるような店にしたい」という思いは変わらない。
そのためには自分の店だけにこだわらない。スペインの「エル・ブジ」、デンマークの「ノーマ」、最近ではペルーの「セントラル」と、称賛を得たレストランがエリアを牽引してムーブメントを生んだように、富山でも料理人同士のつながりを大切にし、一体として盛り上げていこうとしている。
また、こうした動きが各地で起きればいいとも願っている。実際、地域の食と滞在を一体で届けるオーベルジュは、今増えつつある。その担い手は若い世代が多く、谷口のもとも訪ねてくるという。「日本の食は東京や大阪だけじゃない。地域の潜在力が可視化され、料理界全体の底上げにもつながるはず」。
その土台となるのは、やはり地域の人とのつながりだ。「焦らず時間をかけてほしいですね」と谷口。支え合い、高め合う。その積み重ねが、地域を超えて人を呼ぶ、力強い武器になる。


