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2026.08.28 11:00

見えない地質が経営を左右する――産総研「シームレス地質図」が支える事業の未来

新規工場の建設やインフラ整備、データセンターの設置において、事業成果を左右するのが「立地選定」だ。軟弱地盤や活断層を見落とした開発は、工期の遅延や想定外の補強コストの増加を招き、企業の経営に直結するリスクとなり得る。こうした意思決定の精度を高める判断材料として、需要が増しているのが「地質情報」である。明治期から地質調査を担ってきた産業技術総合研究所は、その膨大なデータを「シームレス地質図」として整備。企業の戦略的投資や危機管理を支える基盤として提供している。


「大型施設などを開発する際、活断層・軟弱地盤の有無だけでなく、活火山や地すべりといったさまざまな地盤リスクを把握することが欠かせません。どの土地に建てるべきか、立地選定の初期段階で地質情報を参照されるケースが増えています」

そう話すのは、産業技術総合研究所(以下、産総研) 地質調査総合センター 地質情報研究部門 シームレス地質情報研究グループ長の内野隆之(以下、内野)。企業や事業者が建てる建物や工場、設備がどれだけ安全か、その判断材料として、地質情報を求める声が増え続けているという。

判断基準は、規模の大きいインフラでも変わらない。地質調査・設計を手がける大日本ダイヤコンサルタント 地質解析事業部 地質調査部長 亀高正男(以下、亀高)は、その理由をこう話す。

「ダムや高速道路、トンネルをつくる際、強固な岩盤を選ぶことが工期とコストに直結します。断層が通る山にトンネルを掘れば、リスクは増大するばかり。リスクを正しく評価して計画を実行するか否かを判断することが、企業の経営に直結します。自治体や民間企業は建築物や土木構造物を計画する際に我々のような建設コンサルタント会社に地質調査を依頼します。建築の設計において、地盤の状態を確認し基礎仕様を定めることは、事業遂行の大前提です」

地質の詳細を知るには専門的な現地調査が必要となるが、亀高ら建設コンサルタント会社やデベロッパーが調査前の段階で広域の地質構造を把握し、「見当をつける」ための一次データとして活用するのが、産総研が公開する「20万分の1日本シームレス地質図」である。

「地質図とは、地層や岩石を種類・時代ごとに色分けし、それらがどこにどう分布し、互いにどう接しているかを等高線の入った地形図上に示したものです。なので、地表からは見えない地下の構造を三次元的に読み取ることができる。軟弱な地盤や活断層・火山なども示されていて、自治体ではハザードマップをつくる基礎データとしても使われています」(内野)

亀高は、自治体や民間企業から調査を依頼されると、まず産総研の地質図を確認する。この確認作業を調査の「入り口」に置けるかどうかが、その後の調査の質と効率を左右するという。

「自社で調査を始める前に、すでに分かっている情報を参照した方が、時間も効率も大幅に削減できる。硬い岩盤か軟弱な地層かで、ボーリングに使う道具も変わります。闇雲に調べるのと、見当をつけて調べるのとでは、かかるコストがまったく違う。場合によっては、ボーリング調査自体をしないという判断もあり得ます」(亀高)

ここで得た見当を基に、亀高は建設予定地というさらに狭い範囲で地表踏査やボーリング調査を行い、独自の地質図を作成して設計の検討材料にする。この最初の一手を欠けば、着工後に想定外の地盤対応が必要になり、コストや工期に跳ね返ってくる可能性がある。工場や倉庫、物流拠点のような民間施設であれば、稼働開始が遅れれば、それだけ収益化のタイミングも遅れることになるのだ。

大日本ダイヤコンサルタント 地質解析事業部 地質調査部長 / 日本地質学会常務理事 亀高正男
大日本ダイヤコンサルタント 地質解析事業部 地質調査部長 / 日本地質学会常務理事 亀高正男

単なる連結ではない、地質図の「再解釈」

こうした「見当をつける」ための地質図の歴史は、1882年、産総研の前身である農商務省地質調査所が設立されたことに始まる。

「明治維新後、日本が近代化を進めるうえで、殖産興業のために資源開発と国土開発を急ぐ必要がありました。そこで国策として地質調査と地質図の製作が始まったのです」(内野)

地質調査は、時代の要請に応えながら精度を高め、現在の「地質図幅(ちしつずふく)」と呼ばれる体系へと結実していく。地質図幅とは、国土地理院の区画に沿って地質図を全国網羅的にとらえたもので、現在は広域を網羅する「20万分の1」とより精緻な「5万分の1」の2種類の縮尺で整備が進められている。

地質図幅の作成は、決して容易な作業ではない。研究者が実際に現地へと足を運び、山や沢を歩き回って岩石や地層を観察・採取し、年代測定や分析を行う。1区画の完成に数年を要する地道な調査を泥臭く重ねることで、精度の高い地質図幅が生まれるのだ。 

気の遠くなるような作業の積み重ねにより、「20万分の1」は2010年に全国完備を達成。さらに、「5万分の1」についても着実に整備が進められ、現在では全国の7割をカバーするまでに至っている。

2000年代、20万分の1地質図幅を全国統一基準でつなぐ「シームレス化」に着手する。ただし、区画ごとにつくられた110枚超の地質図を単純に貼り合わせれば良いというものではない。地質図幅はその区画によって独自の凡例がつくられているため、岩石名や形成年代をひとつずつ照らし合わせ、既存文献を徹底的に参照し、またこれらの情報を基に境界部の地質分布をうまくつなぎ合わせる。いわば、既存の地質図を最新の目で読み直す「再解釈」の作業だった。内野は「地質図は著者や作成年ならびに対象地域によってその特徴がかなり異なるので、実際に統一するのは非常に大変な作業でした」と語る。

(左)シームレス化前の20万分の1地質図幅を4枚つなぎ合わせたもの、(右)同じ地域を20万分の1日本シームレス地質図で表示したもの
(左)シームレス化前の20万分の1地質図幅を4枚つなぎ合わせたもの、(右)同じ地域を20万分の1日本シームレス地質図で表示したもの(提供:産総研)

当時、インターネットの普及とともに「Web上で全国どこでも見られる地質図が欲しい」という声が強まっていた。20万分の1地質図幅はまだ全国完備されていなかったが、産総研は空白地域を国土交通省の土木地質図など他機関のデータで補いながら、06年に初版のシームレス地質図をWeb公開する。10年に20万分の1地質図幅が全国完備された後、17年には最新知見を基に凡例をさらに細分化・階層構造化した完全リニューアル版(V2版)を公開し、一連の取り組みは23年に科学技術分野の文部科学大臣表彰を受けている。

研究者が全国の現場を歩き回り、1枚ずつ紙に書き起こしてきた膨大な地質図。長年アナログに蓄積されてきたこの資産がWeb上でデータ公開されたことで、建設コンサルタント会社らの実務は一変した。その変化を、亀高は次のように語る。

「一昔前は、地質図をスキャンし、ソフトでトレースしたうえで、自分たちが集めた調査データを重ね合わせるという手間のかかる作業が必要でした。それが今では、タイル地図をダウンロードして、QGIS(オープンソースの地理情報システムソフト)などでそのまま重ね合わせられる。手作業でやっていたころは1週間かかっていた作業が、1日でできるようになりました」(亀高)

地質図のデジタル化は、クライアントとの情報共有のプロセスにも変化をもたらした。

「以前は、地質図を基にした検討資料をメールで送って、コメントが返ってくるのを待つ、という感じでしたが、今はWeb会議で同じ画面を見ながら話ができる。その分、合意形成も早くなったと感じます」(亀高)

大日本ダイヤコンサルタントではこの流れをさらに一歩進め、現場で地層の走行や傾斜を入力するとその場で地質分布を表示できるアプリ「電子野帳(DDY)」の開発も進めている。ここにシームレス地質図を重ね合わせて、現地調査中にリアルタイムで地質情報を参照できるという。

産総研が提供する地質図と、亀高のような建設コンサルタント会社が現場でつくる地質図とでは、そもそも必要とされる縮尺が違う。内野は次のように説明する。

「私たちが作成しているのは、詳細な区画でも5万分の1の広域です。実際にダムや高速道路などを建設する現場では、コンサルタントの皆さんが5万分の1の地質図を一次データとして参考にしたうえで、さらに狭い範囲で、より詳細な地質図をつくられます」(内野)

一方で、亀高が所属する地質解析事業部では、この粗い地図が力を発揮する場面もあるという。

「我々の部署では、広域の地質ハザードを扱うことがあります。例えば、火山の影響評価では、広い範囲の地質図が必要になる。シームレス地質図は年代や岩相ごとに表示・非表示を切り替えられるので、対象となる時代の火山だけを抽出できます。20万分の1地質図幅から同じように自分たちで1つずつ拾い出そうとすると大変な労力になりますが、その手間が省ける。業務の効率化に非常に役立っています」(亀高)

リスク管理から、価値創出へ

地質情報の役割は、リスクを避けるための情報にとどまらない。

代表的な動きが、地質資源を観光や地域活性化に生かす「ジオパーク」の広がりだ。亀高によれば、自治体や博物館、大学などが連携し、地質学的価値の高い地域を保全・活用する取り組みが全国で加速しているという。

さらに内野らは現在、みかんのいくつかの名産地が、いずれも同じ地質の上に成り立っている点に着目し、地質と農作物の関係について研究し始めている。内野は「地質を農産物のブランド価値に結びつける発想は、ヨーロッパの『ワインジオロジー』などテロワールのひとつとしてすでに広がっています」と話す。

産業技術総合研究所 地質調査総合センター 地質情報研究部門シームレス地質情報研究グループ長 内野隆之
産業技術総合研究所 地質調査総合センター 地質情報研究部門シームレス地質情報研究グループ長 内野隆之

実のところ、こうした基盤をこの先も品質高く維持していくためには、産総研以外の努力も必要になる。ベースとなる地質図に対し、学会や現場での検証・フィードバックが重ねられてこそ、データは進化を続けるからだ。日本地質学会常務理事でもある亀高は、「産総研が出す地質図を研究者や現場技術者が検証・ブラッシュアップしたり、社会へ普及・還元させていくのも学会の重要な役割です」と語る。

そして、この基盤を次の世代にどう引き継ぐかも、大きな課題だ。

「将来、科学技術の進歩や社会情勢の変化、あるいは政策判断によって、特定地域の地質情報が緊急に必要になる可能性があります。その際に、情報が整備されていなければ、支障が生じます。だからこそ、精緻な地質図をつくり続けていくのはもちろん、地質図の書き方や地質調査に関する技術・ノウハウを継承していくことも重要です。地質情報は、将来の世代が国土に関する判断を合理的に行うための重要な資料であり、社会全体で共有する貴重な資産です。それを確実に次の世代へ引き継いでいかねばならないと思っています」(内野)

インフラ整備から巨大投資の立地選定、防災、さらには新たな事業価値の創出に至るまで、地質情報がもたらす価値は、単一の市場規模で測れるものではない。明治から続く140年の知の資産は、不可視のリスクをコントロールし、確かな経営判断を下すための不可欠な基盤といえるだろう。

国立研究開発法人産業技術総合研究所
https://www.aist.go.jp/aist_j/business/index.html

産総研25周年スペシャルサイト
https://www.aist.go.jp/sc/25th/

20万分の1日本シームレス地質図
https://gbank.gsj.jp/seamless/ 

大日本ダイヤコンサルタント
https://www.dd-con.co.jp/


かめたか・まさお◎大日本ダイヤコンサルタント 地質解析事業部 地質調査部長。日本地質学会常務理事。原子力発電所をはじめとするエネルギー事業に関連した地質調査、産総研の活断層調査などに従事。 

うちの・たかゆき◎産業技術総合研究所 地質調査総合センター 地質情報研究部門シームレス地質情報研究グループ長。5万分の1・20万分の1地質図幅や日本シームレス地質図の作成を担当し、国土の地質基盤情報の整備・強靱化に取り組む。

Promoted by 国立研究開発法人産業技術総合研究所 / text by Motoki Honma / photographs by Satoru Kikuchi / edited by Aya Ohtou(CRAING)