リレーショナル・フィランソロピーでは、応募前から対話し、互いの役割や期待を話し合う。報告や評価を、管理や監視のためだけではなく、共有された学びと改善の機会として捉える。問題が起きたときには、直ちに資金を止めるのではなく、何が起きているのかを共に理解し、対応を考える。さらに、資金提供者も、自らの判断や行動について説明責任を負う。説明責任を、資金を受け取る側だけに課す一方向のものではなく、相互的なものとして捉え直すのである。
この視点に立てば、デューデリジェンスの意味も変わる。問題のある組織を選別し、資金提供者のリスクを避けるためだけではなく、相手の現実を理解し、よりよいパートナーシップを築く機会として捉える。問題を見つけたら落とす審査では、問題のない組織ではなく、問題を見せない組織が選ばれるかもしれない。組織上の課題が見つかったとき、「資金を出せない」と判断するだけでなく、「その課題を乗り越えるには、どのような資金や伴走が必要なのか」と考える。デューデリジェンスを、疑いの見定めから、共に成果を生み出すための理解へ変えるのである。
RQが関係を築く力をめぐる議論だとすれば、リレーショナル・フィランソロピーは、それを審査、報告、評価、説明責任、意思決定といった制度として実装する試みだといえる。
RQが企業に投げかける問い
もちろん、資金提供者とNPOの関係を、企業の現場にそのまま当てはめることはできない。一方で、資源や権限を持つ側が条件を決め、もう一方が評価される構造は、企業のなかにもある。評価される側が、相手に都合のよい情報だけを伝え、問題の報告や相談が遅れる。こうした状況に対して、報告項目を増やし、管理を厳しくすれば、問題は解決するのだろうか。あるいは必要なのは、悪い情報や異論を早い段階で共有しても、関係が直ちに壊れないという信頼なのだろうか。
関係性を重視するとは、懇親会を増やすことでも、上司が部下に優しく接することでもない。互いを知る機会をつくり、その場で率直に話せるよう、評価や意思決定の仕組みを見直す。力を持つ側も、自らの行動が相手に与える影響に責任を負う。そして、問題や対立が起きたときには、関係を切るだけでなく、修復する道を残す。
ソーシャルイノベーションやフィランソロピーの領域で進む議論は、ビジネスセクターに答えを教えるものではない。しかし、多様な主体との協働が不可欠な時代に、成果を生み出す条件を考えるうえで、多くの示唆を含んでいる。
AIによって、多くの仕事は効率化されていくだろう。それ自体は歓迎すべき変化である。しかし、その過程で、仕事を通じて人と関係を築く機会まで手放していないだろうか。RQが投げかけるのは、「人間関係を大切にしよう」という精神論ではない。どのような関係を必要とし、それを生み、維持し、修復するために、どのような仕組みをつくるのか。そして、力の差によって、誰かの声が失われていないかという問いである。
成果は、優れた個人の内側だけから生まれるのではない。異なる人々が、都合の悪い現実や意見の違いを共有し、それでも関係をつなぎ直す。その「人と人のあいだ」から生まれるものもある。RQやリレーショナル・フィランソロピーの議論は、AI時代の企業や組織に、効率化によって生まれた時間を何に使い、どのような関係性を意図的に残すのかを問いかけている。
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