これは、個人だけの能力でもない。組織にもRQはある。悪い情報を早い段階で共有できるか。「分からない」と言えるか。上司や取引先と異なる意見を示しても、関係が壊れないか。失敗が起きたとき、責任を押しつける前に、その背景を共に理解できるか。RQの高い組織とは、仲のよい組織ではない。都合の悪い現実を、関係を壊さずに共有できる組織である。
そこにあるのは、単に「雰囲気のよい職場」をつくるという話ではない。問題の兆候を早く共有し、異なる知識や経験をつなぎ、必要な軌道修正を行える組織をどうつくるかという、成果に直結する問いである。関係性は、成果が出た後に生まれる副産物ではない。成果を生み出すための基盤なのかもしれない。
重要になる「関係性インフラ」という考え方
AI時代の問題は、関係性が自動的に失われることではない。関係性を築いてきた接点を、私たち自身が効率化の名の下に削り、その代わりとなる仕組みをつくっていないことにある。だからといって、AIの利用を控えるべきだという話ではない。問われているのは、AIによって生まれた時間を何に使うかである。さらに多くの仕事で埋めるのか。それとも、人の話を聞き、部下や同僚を支え、異なる部門や組織の人々と関係をつくるために使うのか。SSIRのRQ論は、テクノロジーを人間の代わりにする「自動化」だけでなく、人間が互いに向き合う時間を増やす「能力拡張」のために使うことを提案している。
そこで重要になるのが、「関係性インフラ」という考え方だ。人が互いを知り、信頼を築き、必要なときに助けを求められる状態を支える仕組みである。「もっとコミュニケーションを取ろう」「相手を大切にしよう」という精神論だけでは足りない。関係性を組織の基盤と考えるのであれば、それが生まれる機会を、時間、空間、会議、評価、意思決定といった仕組みのなかに組み込まなければならない。
ただし、人が出会い、話す機会を増やせば、それだけでよい関係が生まれるわけではない。対話の場を設けるだけでは、対話は生まれない。
会議や対話の機会があっても、一方が他方を評価し、その評価が予算や立場を左右するのであれば、率直な異論や弱みは語りにくい。上司と部下、発注者と取引先、本社と現場。組織のなかの関係性には、多くの場合、権限や資源をめぐる非対称性が含まれている。「話す機会」と「話しても不利益を受けない条件」は別のものである。
関係性を意図的に設計するとは、単に接点を増やすことではない。誰が話し、誰の声が聞かれるのか。誰が条件を決め、誰が説明を求められるのか。問題が起きたとき、誰がリスクを引き受けるのか。そうした関係の質まで見つめる必要がある。
リレーショナル・フィランソロピーという実験
この「関係性の質を制度に組み込む」という発想を、具体的な実践に移そうとしているのが、近年フィランソロピーの世界で議論されている「リレーショナル・フィランソロピー」である。これは、善意ある資金提供者を増やすための運動ではない。力の差がある関係のなかでも、率直な情報共有や学習、修復が可能になるよう、資金提供の制度そのものを組み替える試みである。
資金提供者とNPOのあいだには、資金や意思決定権をめぐる明確な力の差がある。一般的な助成では、資金提供者が条件を決め、NPOが申請し、採択後は計画や成果を報告する。資金を出す側が評価し、受け取る側が評価されるという、一方向の構造になりやすい。そのなかでNPOは、採択されるために弱みを見せず、計画どおりに進んでいないことを伝えるのをためらう。審査や報告を厳しくすれば、より多くの情報を得られるとは限らない。信頼がなければ、報告の量が増えても、共有される情報の質は下がり得る。


