生物学者がトキソプラズマに関心を持つポイントは、齧歯類が感染した場合の挙動にある。2000年に『Proceedings of the Royal Society B』に掲載された研究論文によると、ラットは、ネコの体臭が漂う区域に対して本能的に警戒するが、トキソプラズマに感染したラットは、こうした感覚を失うという。さらに一部では、ネコのにおいを避けるどころか、このにおいに引き寄せられる事例も見受けられた。
ラットに寄生しているトキソプラズマの側からすれば、これは、最終目的地であるネコの体内まで自らを運ぶための戦略だ。生物学者はこれを「宿主操作」と呼ぶ。これは寄生生物が、自らの役に立つように宿主の行動を変容させる現象であり、宿主の生存よりも、寄生生物が最終宿主にたどり着くことを優先させるよう操作することだ。
齧歯類の事例と比肩し得る現象が、ヒトに起きるかどうかはまた別の問題だ。しかしこの話題については、有効なエビデンスもないままに、一般に流布している通説が存在する。トキソプラズマへの感染と、ヒトの性格や、リスクを取る傾向とのあいだに関係があるとするこの説は、長年にわたり流布されているが、その信憑性をめぐってはいまだに議論がある。
2016年に『PLOS ONE』に掲載された研究では、あるコホート(調査対象の集団)を出生から成人するまで追跡調査した。その結果、通説で言われているような、感染が性格や精神疾患、衝動の抑制に与える影響はほとんど確認できなかった。
臨床医療においてトキソプラズマ感染に注意しなければならない状況は、より限定的で、はるかに明確に定義されている。すなわち、妊娠中に母親が初めて感染するケースと、免疫不全状態に陥った感染者の体内で、トキソプラズマが再活性化するケースだ。
その2:ニキビダニ
この記事を読んでいる人も含め、ほぼすべての成人の毛包(毛を取り囲む皮膚の組織)には、ニキビダニ(学名:Demodex folliculorum)という顕微鏡サイズのダニがすんでいる。特に生息密度が高いのが顔で、頬や鼻、まつげ付近に多い。
このダニの生息率は、年齢とともに上昇し、年配の成人ではほぼすべての人に見られる。彼らは、ヒトの毛穴に頭を突っ込んだ体勢で生息し、皮脂(皮膚から分泌される油分)をエサとし、夜になると毛穴から這い出てきて皮膚の上を這い回り、交尾相手を探す。
ニキビダニは、ヒトの子ども時代に、両親との密接なスキンシップによってうつるケースが多く、その後はずっとそのヒトの皮膚に留まる。毛包は、皮膚がポケット状にくぼんだ部位であるため、ここにすむダニは、ヒトの体表と体内のちょうど境界線上に生息していることになる。
ニキビダニはまた、この種が属する節足動物門の基準から見ると、最も興味深い形で「体の簡略化」が進んでいる生物だ。英レディング大学およびバンガー大学の研究者が主導したゲノム・シーケンシング解析によって、近縁のどの節足動物と比較しても、最も遺伝子が少ない部類に入ることが判明したのだ。加えて、細胞の数も大幅に少なく、脚にある一つ一つの節は、たった一つの筋肉細胞によって支えられている。
これは、進化生物学者が「ゲノム縮小進化」と呼ぶ現象であり、他の生物に完全に依存する生活の結果として生じるものだ。生涯のうちで、すむ場所を移動せず、ライバルとの競争に直面することもなく、新たな宿主を探す必要もない生き物は、現時点で使っていないほぼあらゆるツールを手放すことが可能になる。ニキビダニは、まさにこれを実行に移した形だ。


