北大西洋の冷たい海のどこかでは、数百年も前から生きているサメが、人間の歩くスピードよりもゆっくりしたペースで、暗がりを滑るように泳いでいる。急ぐ様子もなく、1分間に数回ほどしか尾を動かさない。なかには、ガリレオ・ガリレイが夜空を見上げて天体観察していた17世紀頃に生まれた個体や、アメリカ合衆国が建国される以前から北極圏を泳ぎ続けている個体もいる。
そして、その心臓はどういうわけか、老化してもなお動き続けている。
その名は「ニシオンデンザメ(学名:Somniosus microcephalus)」。英語で「グリーンランド・シャーク」と呼ばれるこのサメは、地球上で最も長生きする脊椎動物として知られており、老化研究の分野で高い関心を集めている動物の一つだ。
少なくとも272年は生きられるとされ、推定年齢が400歳近い個体もいる。ニシオンデンザメが性的に成熟するのはおよそ150歳と、たいていの脊椎動物ならとっくの昔に死んでしまっている年齢だ。
非常にサイズが大きく、体長が5mを超える個体もいるが、成長速度は遅く、1年間に1cmほどしか伸びない。ニシオンデンザメはとにかく謎が多く、数世紀にもわたって生き延びられる理由を解明しようと、科学者らは長年研究を続けてきた。そして2026年4月には、ニシオンデンザメの謎にまた一歩迫った最新研究が発表された。この研究が注目したのは、ニシオンデンザメの心臓そのものだ。
この研究では、多くの点で直観に反した意外な知見が得られた。ニシオンデンザメの心臓は、科学者が健康の衰えと結びつけるような、一般的な老化の兆候を示していたのだ。
ヒトやその他の脊椎動物の場合、老化した心臓には、瘢痕のようなコラーゲンが蓄積されていることが多い──これを線維化という。細胞は、酸化ストレスで傷がつき、組織の内部には老廃物が溜まっていく。これにより、心臓が徐々に硬化し、電気信号が乱れ、血液を効率的に送り出せなくなってしまう。
ニシオンデンザメの心臓は、こうした老化の兆候すべてを示していた。エレナ・チアヴァッチ博士率いる研究チームは、ニシオンデンザメの心臓全体で広く線維化が起きていたことを発見した。また、「老化色素」とも呼ばれるリポフスチンも、大量に検出された。リポフスチンは、基本的には細胞のごみだ(細胞が分解できなくなって酸化したたんぱく質と脂肪のかたまり)。人間の場合、リポフスチンの蓄積と組織の老化には、強い関連性がある。



