アート

2026.08.23 11:30

自称「回顧展」で見る、杉本博司の原点|アートな数字

展覧会、芸術祭、フェア、オークションなど多彩な話題が飛び交うアートの世界。この連載では、毎月「数字」を切り口に、ビジネスにも効くアートな話をお届けしていく。日本を代表する現代美術作家、杉本博司。原点をたどる展示には、同時に新しさもあった。

advertisement
今月の数字|1948は、杉本博司が生まれた年だ。「私は銀塩写真全盛の頃に生を受け、その終焉の頃に人生の幕を下ろそうとしている」と、展覧会に寄せて杉本は語る。またその終焉は技術に限らない。「デジタル嘘つく、写真嘘つかない」。彼は、写真の証明能力も絶滅しつつあるのではないかと問う。
今月の数字|1948は、杉本博司が生まれた年だ。「私は銀塩写真全盛の頃に生を受け、その終焉の頃に人生の幕を下ろそうとしている」と、展覧会に寄せて杉本は語る。またその終焉は技術に限らない。「デジタル嘘つく、写真嘘つかない」。彼は、写真の証明能力も絶滅しつつあるのではないかと問う。

「これは回顧展です」

2026年6月、東京国立近代美術館での記者発表で、杉本博司はそう切り出した。回顧展とは本来、作家が世を去ったあとに開かれるもの。だが近年は存命中でも、若手でも開く時代。杉本は「僕くらいの年になると、そろそろやらせてみようかという立場」と自嘲気味に話した。展覧会のタイトルは「絶滅写真」。穏やかでない言葉だが、嘆き節の湿り気はそこにはない。

1948年生まれの杉本は、70年代半ばにニューヨークで制作を始めた。本展には、活動初期の「ジオラマ」「劇場」「海景」から近作「Opticks」まで、13シリーズ、約60点の銀塩写真が並ぶ。デジタルが光を電気信号の集積として組み立てるのに対し、銀塩写真は銀の分子の微細な反応を暗室の手作業で導いていく。その技法は今、担い手とともに消えかけている。杉本は自らを「銀塩写真の葬儀委員長」と呼んでみせた。

advertisement

杉本作品そのものは、美術館や写真集で目にする機会も少なくない。名作が一堂に会しただけならそう新しい話ではない。ところが、一枚ごとに杉本が書き添えた“狂歌”を読みだすと、見え方が変わる。

杉本は全作品に、自作の31文字を寄せている。この趣向は室町時代の「画賛」に倣ったものだという。禅僧が水墨画に詩を書き添えた、絵と言葉を一枚で味わう伝統だ。そこに杉本は、格式張らない現代の狂歌をもち込んだ。

冒頭で来場者を迎えるのは、デビュー作の「ジオラマ」。米自然史博物館の剥製を大判カメラで精緻に写し、動かないはずの動物を生きているように見せる。ガラパゴスの陸亀をとらえた一枚には、「けだもののみちきわめていまのひと ひととは言えどいまもけだもの」と一首。「海景」が並ぶ部屋には、童謡をもじった一首。「海はひろいなおおきいな いってみたいなその果てに」と、無邪気な句が寄り添う。

最後は、コンセプチュアルな立体作品「CAMERA MAN」に、「瞬く間ひとのひとよはみじかけれ あっと思って気が付けば終わり」という歌で締めくくられた。

この作品には、人の眼を真似て1秒のシャッターがついている。もし人生が1秒なら、と杉本は考える。撮影前にまぶたを閉じる3分間の暗闇は、85年の生涯に置き換えれば1万5000年。人類が意識をもち、文明を築いてきた時間にほぼ等しい。とある生涯を物差しにして、現代美術作家は地球の時間までを測ろうとしている。

会場を歩き、写真と狂歌を交互に読む。すると、作品ごとの解説では届かない、もっと大きな時間の流れが浮かび上がってくる。数十億年前から変わらない海、5億年を眠った三葉虫の化石、そして滅びゆく銀塩。それらを杉本というひとりの人間がどう眺めてきたか。その俯瞰の視点を、観客は束の間、借りることになる。

1948という数字は、ひとりの生年であると同時に、ひとつの技術の一生でもある。では、あなたが生まれた年は、何の始まりと、何の終わりに重なっているだろう。

杉本博司 絶滅写真

写真作品で構成される国内の美術館個展としては約20年ぶり。初期から近作まで全13のシリーズ・約60点が並ぶ。「今、写真から何が絶滅したのか。それは写真の証拠能力に他ならない」という杉本の言葉を考えさせられる内容だ。東京国立近代美術館1F企画展ギャラリーで9月13日まで。


杉本博司◎1948年生まれ。70年に渡米後、74年よりNYと日本を行き来しながら制作を続ける。2008年に建築設計事務所「新素材研究所」、09年に公益財団法人小田原文化財団を設立。銀塩写真を原点としながら、その活動分野は舞台芸術、書、陶芸と多岐にわたる。

文=青山 鼓 写真=若原瑞昌 書=根本充康

タグ:

連載

アートな数字

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事