リーダーシップ

2026.08.17 09:51

顧客か株主か——「世界で最も愚かな経営思想」の予想外の復活

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『ハーバード・ビジネス・レビュー』の7-8月号で、ベイン・アンド・カンパニーのコンサルタントであるマイケル・マンキンズとマシュー・クルーピは、企業に対し「価値重視の経営(Managing for Value)を復活させる」よう促している。彼らのメッセージは明確だ。株主価値最大化(MSV)を、再び企業経営の支配的な目標に据えるべきだというのである。顧客やその他のステークホルダーは制約条件として扱われ、許容範囲内に収まるよう監視される。これは、ジャック・ウェルチが2011年に「世界で最も愚かなアイデア」と呼んだものと同じ発想である。本当の問いは、なぜこのイデオロギーが1970年以降に定着したのか、そして現在の状況がそれを育むのか、あるいは根絶するのか、という点だ。

MSVを生み出した力

MSVの思考は、何もないところから突如として現れたわけではない。時は1970年。第2次世界大戦後の米国の繁栄は終わりを迎えつつあった。1970年代は、スタグフレーション、オイルショック、株式リターンの低迷、そして日本やドイツに対する米国の競争力の急激な低下をもたらした。多くの巨大コングロマリットは凡庸な業績しか残しておらず、経営者たちはリターンよりも規模や安定に関心を持つ「帝国建設者(エンパイア・ビルダー)」と広く見なされていた。

この空白に飛び込んできたのが、ミルトン・フリードマンによるニューヨーク・タイムズへの激烈な寄稿だった。それは、利益以外への注力を「他人の金」を不当に使う行為として位置づけた。

1976年にマイケル・ジェンセンとウィリアム・メックリングが発表したエージェンシー理論の論文は、経営者を代理人として捉え、その自己利益を、企業支配をめぐるインセンティブを通じて株主と緊密に一致させる必要があるとした。現在の株価は、長期的価値の代理指標とされることになった。

その後、ジェンセンが1990年に、起業家的な成果を示す証拠の有無にかかわらず、起業家型のCEO報酬を推進したことで、このアプローチに対する経営幹部の熱狂に一気に火がついた。ビジネススクールもまた、この考え方を受け入れた。その一因は、企業を一元的に捉えるこの見方が、教えるのに非常に容易だったことにある。

機関投資家とビジネススクールの役割

インフレによって打撃を受けた年金基金をはじめとする機関投資家も、一役買った。彼らはより高いリターンを求めていた。1980年代の敵対的買収やレバレッジド・バイアウト(LBO)は、この新たな規律を強制した。レーガンとサッチャーの自由市場主義的な風潮が政治的な後ろ盾となり、ストックオプションが個人的な利害の一致を完成させた。経営幹部は株価が上がれば富を得られるようになったのである。

それは誰もがなりふり構わず行動する時代であり、その精神は「強欲は善(Greed is good)」というセリフに最も明確な文化的表現を見いだした。その結果、危機、理論、資本市場の力、イデオロギーが強力に収れんした。

もちろん、反例は存在した。IBMに挑んだアップル、マイクロソフトのプラットフォーム戦略、顧客第一主義の企業、そして米国以外の多くのモデルである。しかし支配的なナラティブは、あらゆる問題を溶かす溶媒として財務指標を受け入れた。

脇に追いやられたピーター・ドラッカーの顧客洞察

ピーター・ドラッカーが1954年に示した、企業の唯一妥当な目的は顧客の創造であり、利益は目的ではなく結果であるという定式化は、後退した。それは、単一の定量化可能な最大化対象へと還元されることに抵抗した。金融理論と機関投資家資本の台頭する力と相いれず、厳しさと迅速な成果を重んじる空気の中では甘く聞こえた。ビジネススクールやコンサルタントは、古典的な経営思想よりも経済学やエージェンシーモデルを重視した。ドラッカーは広く読まれ続けたが、政治的な重心はすでに移っていた。

価値創造とMSVの乖離するパフォーマンス

21世紀に入り、その実績の記録は極めて示唆に富むものとなった。MSVを最も徹底的に内面化した上場企業――現在の株価を支配的な指標とし、ステークホルダーを制約条件として扱う企業――は、多くの場合、長期的には凡庸な成果にとどまり、市場そのものによって規律づけられた。

かつてMSVの象徴だったゼネラル・エレクトリック(GE)は、長年のフィナンシャル・エンジニアリングと中核能力への過少投資を経て、解体に追い込まれた。他の企業も、強制的な分割、アクティビスト(物言う株主)の介入、あるいは持続的な低迷に直面した。

対照的に、長期的に最も明確な勝者となった企業は、顧客価値の創造を第一に据え、デジタル技術、のちにはAIをその目的のための手段として用いた。アマゾン、アップル、グーグル、ASML、TSMCは、顧客が何をできるようになるか、それをどれほど容易に実現できるかを執拗なまでに追求し、拡大していった。市場は、短期的な搾取ではなく持続的成長を反映したバリュエーションの継続的上昇で応えた。顧客価値を残余請求権に従属させた企業はしばしば代償を払った。一方で、その順序を逆転させた企業は優位性を複利的に積み上げた。

なぜいま復活の試みなのか

今日のMSV復活への動きは、異なる圧力を反映している。ゼロ金利に近い状態が長年続いた後、資本コストが上昇したことで、資源配分の重要性が増した。ステークホルダーやESGの枠組みは、政治的な反発、グリーンウォッシング(見せかけの環境配慮)との批判、明確な説明責任を欠くとの批判に直面してきた。2019年にビジネス・ラウンドテーブルがMSVを否定する声明を出したことで、レトリックは変わった。しかし、ほとんどの企業におけるプロセス、インセンティブ、測定方法は変わらなかった。

単一の財務的最大化対象を保持するコンサルティングの枠組みは、取締役会に対し、規律があるように聞こえる対応という安心感を与えた。不確実な環境では、単一の統治目的に制約条件を組み合わせる考え方の方が、真の複数目的のバランスを取るよりも単純に感じられたのである。

復活は成功するのか

復活に逆風となる力はいくつもある。顧客価値を第一に据える企業が持続的に高い成果を上げていることは、依然として最も強力な経験的反論である。ビジネスであれ政治であれ、短期的な搾取の論理が目に見えて失敗することは、その知的な隠れみのを侵食する。

巨額のAI投資はリターンへの強い圧力を生むが、ユーザーや顧客を二次的な最適化変数として扱うシステムは、高くつく低パフォーマンスや反発を招くリスクがある。

一方で、真の価値創造を土台とする企業は複利的に成長する傾向がある。現在の地政学的な誤算でさえ、自信過剰で短期志向の取り組みに対する懐疑を強める可能性がある。

こうした要因は、現在の動きが減速し、薄められ、あるいはハイブリッドな言葉遣いへと追い込まれる可能性を高めている。急停止は考えにくい。生涯にわたり染みついたマインドセットは、変わるとしても時間がかかる。

金融理論、機関投資家のインセンティブ、短期的な測定システムはいまなお深く根づいている。コンサルティングや学術の文脈でも、単一の定量化可能な最大化対象を持つ枠組みが依然として好まれる。

はるかに長く、より成功してきた歴史的パターン、すなわち顧客価値の創造を中心的課題とし、持続可能なリターンを必要な結果とする考え方へ戻るには、逆風に直面するだろう。それには、パフォーマンス格差を粘り強く記録すること、より明確な知的枠組みを示すこと、そして顧客価値を制約条件ではなく最大化対象として捉える意思が必要になる。

実のところ、2019年にビジネス・ラウンドテーブルがMSVを否定したにもかかわらず、振り子がMSVから完全に離れたことはなかった。多くの企業で、MSVは単に水面下で機能している。取締役会はこれまで通りに行動し続け、ビジネススクールはこれまで教えてきたことを教え続けている。

MSVを再び表舞台に戻そうとする現在の試みは本物である。それが成功するかどうかは、最終的には何が持続的な顧客価値と優れた長期的成果を生み出すかにかかっている。証拠は価値創造に軍配を上げている。

forbes.com 原文

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