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2026.08.23 07:00

フェラーリが好きでも「株は買わない」、35年の株式投資で得た鉄則

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ガバナンスについても同じことが言える。店舗を訪れてもガバナンス・ディスカウントは見つからない。委任状、インセンティブプラン、取締役会の意思決定の中に見つかる。ハンバーガーの味がまずまずかどうかを判断しても、負債の重荷は理解できない。バランスシートを読み、誰が誰に対してレバレッジを持っているのかを見極めるのだ。そこに、私はより再現性のある優位性を見いだしてきた。

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35年間の株式投資が私にもたらした変化

若い頃の私は、おそらくその企業が良い企業かどうかを問うことに、より多くの時間を使っていた。今は、この価格で、この株主構成で、この経営陣の下で、このカタリストがある中で、その株が良い投資対象かどうかを問うことに、より多くの時間を使っている。

フェラーリは、世界で最も魅力的なブランドの1つであり続けることができる。その一方で、バリュエーションが事業が現実的に提供できるものを上回れば、株価は下落し得る。その後、期待が引き下げられ、上振れサプライズが起きれば、株価は急反発し得る。その間に車が良くなったり悪くなったりする必要はまったくない。必要なのは、投資家が称賛と分析を切り離すことだけである。

これは言うほど簡単ではない。なぜなら、私たちが最もよく知っている企業は、保有することに最も安心感を覚える企業であることが多いからだ。安心感はバリュエーションを見過ごしやすくし、問題はしばしば価格から始まる。

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私はむしろ、別の一連の問いから始めたい。市場はすでに何を信じているのか。誰がその株を保有しているのか。現金はどこへ向かっているのか。経営陣のインセンティブは一致しているのか。何が期待の変化を強いる可能性があるのか。そして、自分はいくら支払うことを求められているのか。

カタリストのない割安企業は、何年も割安なままであり得る。完璧を織り込んだ価格がついた素晴らしい企業は、明らかに何かを誤ったわけでなくても失望を招き得る。興味深い状況はたいてい、期待、価格、カタリストの整合性が崩れたときに現れる。

だからこそ株式投資において、私はめったに食事をしないレストラン、買い物をしない小売企業、あるいは今後も使うことがないかもしれない製品を持つ企業を保有することに、まったく抵抗がない。

フェラーリを称賛しながら、フェラーリ株を保有する必要がないと考えることもできる。そこに矛盾はない。消費者が買うのは製品である。投資家が買うのは、その証券に付随する期待である。35年を経て、私はこの2つを切り離すことを学んだ。私が買うのはストーリーではなく、株である。

forbes.com 原文

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