多くのユーザーと直接取引をするBtoC型スタートアップ企業ではあまり使われそうもない言葉に思えるが、携帯電話でより便利な地元密着型の売買取引を実現しようとしているOfferUpには、意外とぴったりな表現なのかもしれない。「私たちが先走るようなことだけは、絶対にあってはならないからね」と、フザールは言う。
2015年のクリスマスシーズンを控え、フザールと共同経営者のアレアン・ヴァン・フェイレンは、彼らの狙い通りに9000万ドルの資金を調達し、今年だけで29億ドル分の商品取引を成功させている。スマートフォン版Craigslistとも言えるこの「再発明ビジネス」の第一人者であるワシントン州・ベルビューを本拠地とする同社は、自らを「アメリカ最大のモバイル専用マーケットプレイス」と呼ぶ。「地元での売買取引には、とても多くの衝突が伴う。でも、自分たちならもっと信頼できる方法でこれを実現できると思ったんだ」と、38歳のフザールは話す。
今までも多くの企業が、20年前に作られたその不恰好で非常に使いにくいCraigslistの改善を試みては失敗を繰り返していた。そして、スマートフォンの普及により、企業はより便利な中古品売買を実現するまたとない機会を得たのだ。それらの企業のほとんどは、この4年間で設立され、売り手がスマートフォンを使って似たようなビジネスを展開している。ヴィンテージ・ジーンズや使い古しのソファの写真を撮り、その写真はアプリを通して近所に住む見込み客(買い手)へ配信されるというものだ。商品の購入に興味があるユーザーは、アプリ内でエリア毎に購入可能な商品を検索し、欲しいものがあれば、直接会って取引を行うことが出来る。
OfferUpは、現在アメリカ全土で利用可能で、1,100万人のユーザーが利用しており、市場を牽引する存在だ。同社のCTOヴァン・フェイレンは、これを「果てしないガレージセール」と呼んでいる。彼はまた、OfferUpのユーザーの多くが、アプリ内のPinterest(画像をブックマークとして集めることが出来るアプリ)のようなフィード上で、商品を閲覧するだけで購入を決めていると話した。
しかし2015年に29億ドルもの売買取引を成立させている同社は、実際の商品の売買取引からはまだ収益を上げていない。なぜならOfferUpが、取引管理を行っていないからだ。取引自体はユーザー間で行われ、OfferUpはこの2ユーザーをつなげることに対する手数料を受け取っていない。
「OfferUpは、未収益の企業だ。それが、リスク・キャピタルと呼ばれる原因のひとつでもある」とジェフ・ジョーダンは話す。投資会社Andreessen Horowitzの取締役を務めるジョーダンこそがOfferUpへの投資を決めた立役者である。また彼はこう述べた。「製品化の可能性があるプラットフォームだと判断できれば、収益がなかろうが、ビジネスモデルが未確立な企業であろうが構わない。Pinterestも数年前まで収益はなかった。でも、今は違う。」
一方、メディアコンサルタント会社AIM Groupによると、アプリを持たないCraigslistは、ハイパーリンクだらけのその時代遅れのデザインにもかかわらず、2015年の318万ドルの収益のうち、およそ300万ドルの利益を上げるとされている。Craigslistでは、ほとんどの商品情報の掲載は無料だが、求人情報や不動産会社の物件情報等は有料掲載となっている。
フザールは、このビジネスモデルには、まだ多くの革新の余地があると話しているが、その収益化の方法については触れなかった。ジョーダンもそれに同意見で、彼の会社もここ数年の間に、Craigslistでニッチな市場を勝ち取った企業に投資を行い、そのチャンスを生かせていると話した。
「我々には、賢い起業家たちの経験を生かし、Craigslist上の着実な流動性資産の山から、ビジネスを作り出すというテーマがある」とジョーダンは言う。「Airbnbは部屋をシェアすることで、Lyft(リフト)とUberは、相乗りでそれを実現した。」しかし、OfferUpは、Craigslist上のひとつのカテゴリーだけでなく、サイトの大半を占める”For Sale (売ります)”のセクションの全てのユーザーを取り込もうとしている。たとえば、アプリ内でサンフランシスコ周辺をチェックしてみると、Playstation3の”Minecraft(サンドボックス型ものづくりゲーム)”のソフトや、ピンクの子供用スニーカー、更には2008年製トヨタの中古車までもが売りに出されている。
OfferUpが「リサイクルショップで手に入れたものを売ろう」とビジネスをスタートさせたのは、ちょうど発案者であるフザールに娘が生まれたばかりで、家の中の片付けをしようとしていた頃だった。「当時は、とにかくアプリの利用者を増やして、商品を回転させるのが大変だった。人から買ってきても、買い手が現れずに結局オフィスに置きっぱなしになるものも多かった」と、フザールは話す。
現在は、売買取引では特に問題などはなさそうに見える同社も、「オンライン取引」特有の問題を抱えることもあった。Craigslistでは、ユーザーが自分の取引相手が信頼できる人間なのかを判断する術はなく、不信感から交渉が決裂することも少なくなかった。
OfferUpは、買い手と売り手の評価システムを導入し、身分証明書の確認や24時間対応のサポートシステムを設置することで、これらの問題解決を試みた。これにより、ユーザー間の取引は、よりスムーズなものとなった。しかし、トラブルを完全に排除することはまだ出来ていない。実際、2015年の初めに、シアトルの郊外に暮らす女性から、12,000ドルのダイヤの指輪の取引の際、OfferUpの従業員を名乗る何者かに騙されたとの苦情があった。また9月には、インディアナ州ゲイリーで、アプリ内でおとり捜査にあたっていた捜査官に対して強盗を働いた二人の十代の若者が逮捕されている。
「他社は、モバイル端末上でCraigslistと同じものを作ることに一生懸命だが、我々はそのまったく逆だ」 と語るのは、OfferUpのライバルでもあるVarageSaleのカール・メルシエだ。トロントに拠点を持つVarageSale社は、セコイア・キャピタル(Sequoia Capital)などから合計3,400万ドルの資金を調達した。また売買取引についても、厳重に監視されたコミュニティ内で、各地域の管理者によって承認されたユーザーのみが可能という根本的な違いがある。
フザールとヴァン・フェイレンは、5milesやClose5、9月に1億ドルの資金調達を行ったニューヨークが拠点のLetgoなどを含む競合他社については、具体的に話さなかった。しかし、スタートアップ企業にとっては、ネット上での評判を上げることが一番の課題だったことについては話した。そのため、OfferUpはこれまでAmazon.comやeBay、Airbnbといった企業から人材をヘッドハントし、現在の従業員数は67名である。また同社は、この3月に、T. Rowe Price を筆頭としたTiger Global、Coatue Management、Allen & CompanyやJackson Square Venturesなどの投資会社から 7300万ドルの資金を得ている。ベンチャーキャピタルに詳しいリサーチ会社PitchBookによると、OfferUpの評価額は8億ドルに達している。
フザールは、彼の会社の評価額についてコメントすることを拒否した。またビジネスに関する他の質問についても何も話そうとしなかった。同社の年度末までの見通しや、アプリのアクティブユーザー数についても明かさなかった。そしてフザールは、同社の対前年比成長率についても話したがらなかった。
つまり、「静寂」は、本当にOfferUpを表すのに最も相応しい言葉なのかもしれない。「その通り。」フザールは微笑みながら、そう答えた。