集中力の低下を感じている人の多くはデバイスが原因だと考える。部分的には正しい。ただ、それだけではもっと本質的なところを説明できない。静かな部屋で、スマートフォンを伏せて部屋の隅に置き、何ひとつ注意を引こうとするものがない状況でも集中力の低下は起きる。集中し続けることは難しい場合が多い。端末の通知とは別の何かが集中力を少しずつ蝕んでいるのだ。
その原因となる習慣は気が散る瞬間の直前に起こるため見過ごされがちだ。それは、取り組んでいるタスクが努力を要するものになった時点で、そのタスクから離れるという行動だ。そもそもやりたくなかった退屈なことを放棄するのではなく、自ら選び、重要だと考えていた仕事から最初のちょっとした引っかかりで離れてしまうことだ。
たいてい、その引っかかりは些細なものだ。ある文の意味を理解するのに読み返さなければならないことがあり、その読み返しの最中に手が別のものへと伸びてしまう。こうした切り替えは不快感を意識的に認識するより前に起こることが多い。そのため、それが自分で下した決断だと感じられることは滅多にない。
不快感を避けるためにタスクを切り替える習慣
研究では、私たちが日々経験する中断のかなりの割合が、他者ではなく自分自身によって生み出されていることがわかっている。米カリフォルニア大学アーバイン校のグロリア・マークが長年行ってきた注意力に関する研究では、外部からの中断を取り除くと、生まれた空白が自己中断によって埋められることが明らかになっている。
これは性格上の欠点でもなければ、意志が弱いということでもない。困難なことから目をそらすことは、不快な内的状態を和らげるうえで実際に効果があり、しかも即効性がある。行動という観点から見ればそれはストレスの緩和として機能し、その行動の学習につながる特に強力な要素の1つだ。不快感を確実に解消する行動は、意識的に学ぼうとする意図がなくてもすぐに身につくものだ。
真の代償は、タスクから離れていた時間ではない。心理学者のソフィー・ルロワは中断に関する研究で繰り返し確認されてきたこのメカニズムに「注意残余」という名称を付けた。これは、学術誌『Academy of Management Annals』に2020年に掲載されたレビューで説明されている。
注意が新しい対象へと移っても、注意の一部は未完了のままの事柄に留まる。注意が戻ったとしても、注意力が完全に回復するわけではない。中途半端なところで放り出したものに頭の一部がまだ占有されているからだ。
さらに、その「逃避」が逆効果になることを示す証拠もある。学術誌『Journal of Experimental Psychology: General』に2024年に掲載された研究では、短い動画を次々と切り替えたり、早送りしたりした人は、そうすることで退屈が和らぐと予想していたにもかかわらず、動画を最初から最後まで続けて見た人よりも強い退屈を感じていた。ある状態を和らげるために切り替えたにもかかわらず、かえってその状態を悪化させたのだ。
これこそが、ありふれた習慣が積み重なるほど悪化する習慣へと変わっていく要因だ。集中力が低下した状態で作業に戻ると、数分前よりもその作業は退屈で重く感じられる。その結果、次に作業を中断することを正当化しやすくなり、そのたびに少しずつ注意残余が生まれる。個別には劇的なことは何も起こらない。だからこそ、その蝕みは気づかないほどゆっくりと進行する。



