2025年1月27日、エヌビディアは93兆円超を1日で失った
株式投資家にとってDeepSeekの値上げが重い意味を持つ理由は、米国時間2025年1月27日にある。DeepSeekは、訓練費用が600万ドル(約9億5400万円)を下回ったという触れ込みで推論モデルR1を公開した。AIインフラへ流れ込む数千億ドル(数十兆円)規模の投資は不要かもしれない。市場はそう信じ込んだ。エヌビディア株は1月27日に17%下落し、時価総額5890億ドル(約93兆6510億円)を失った。1日で消えた額としては、当時の株式市場史上で最大だった。テクノロジー史上、これほど巨額の資金をこれほど速く動かした費用見積もりはなかった。
訂正は数週間のうちに届いた。半導体とAIインフラを調べる調査会社セミアナリシスは、DeepSeekがエヌビディア製ホッパーGPUを約5万基そろえ、サーバーに約16億ドル(約2544億円)を投じていたと報告した。600万ドルという数字は最終段階の学習にかかった費用だけを指し、研究開発費や設備投資は含んでいなかった。
それでも、DeepSeekがわずかな費用でAIを作り上げたという伝説は、訂正された事実を追い越して走り続けた。エヌビディア株は2025年6月25日までに最高値を更新した。安いAIが巨額投資を無用にするという2025年1月の読み方は、それでも生き延びた。効率化のニュースが出るたび、市場は同じ読み方を当てはめてきた。7月にムーンショットAIが公開したKimi K3へ注文が殺到したときも、市場は巨額投資が無駄になるという同じ恐怖を味わった。数字は訂正されたが、市場は神話のほうを売買し続けた。
クラウドを持つアリババと、トークンだけを売るDeepSeek
筆者は株価が急落したその日、当時の記事で、AI関連株に弱気な投資家をこう切り捨てた。「耳を貸すな。弱気派は大局を見落としている」。そのうえで、エヌビディア、ブロードコム、アリスタネットワークスの3銘柄について、急落は買い増しの好機だと書いた。
同じ記事には、当時は抽象論に見えた予測も添えた。AIモデルはやがてコモディティ化し、どの会社の製品を使っても中身に大差がなくなる。もうけはモデルの販売そのものからは生まれず、モデルを動かすクラウドの利用料へ移っていく。そうした予測だ。
この予測は、1年半後、中国AI市場の内側で現実になっている。10日の間隔で公表された2つの価格表が、その動きを映している。
アリババは8月3日、パラメーター数2兆4000億の旗艦モデルQwen3.8-Maxを、入力100万トークンあたり2ドル(約318円)で売り出した。入力100万トークンあたり5ドル(約795円)を取るClaude Opus 5をはじめ、OpenAIやアンソロピックが売る中位製品より安い。アリババが2ドルという安値を付けられるのは、Qwen3.8-Maxを使う顧客が、アリババの本業であるクラウドの計算資源も併せて買うからだ。モデルは客寄せで、稼ぎはクラウド利用料から出る。トークン価格が事業を支える必要はない。
DeepSeekの足元にクラウドはない。同社が売るのはトークンだけだ。推論負荷が重い処理をさばけば、そのぶんGPUが回り、電力が消え、手持ちの計算能力は目減りする。トークン販売が事業のすべてなら、価格表はコストについて本当のことを語らざるをえない。ムーンショットAIも7月に、コストは価格へ跳ね返るという同じ現実に直面した。同社のKimi K3へ人気が集中しすぎ、ムーンショットAIは新規登録を止め、手持ちの計算資源を配給制にせざるをえなくなった。筆者は、Kimi K3をめぐる恐怖が広がる最中に書いた7月の記事で、繰り返される筋書きをはっきり示した。
AIが安くなれば投資は無駄になる。この恐怖は、技術の歴史が繰り返し否定してきたものだ。
「今回のAIも過去の技術と変わらない。安くなれば使い手と用途が増え、必要な計算資源はかえって膨らむ」
コモディティ水準の知能は安くなり、最先端は希少なまま
DeepSeekが敷いた上位価格帯と、アリババが差し出した大盤振る舞いの価格帯は、装いが違うだけで同じ事実を指している。コモディティ水準の知能は安くなり続けており、それは本来あるべき姿だ。最先端に近い知能は希少なままで、提供するにも金がかかる。クラウドという稼ぎ口を持たず、そこから費用を補填できない者は、最先端を提供するための費用を客に請求するしかない。


