アンソロピック(Anthropic)による新規株式公開(IPO)は、分岐点になるかもしれない。人工知能(AI)が見せる並外れた成長と、AI企業を株主として持つことで得られる採算とを、投資家がついに切り分けざるをえなくなる場面である。
アンソロピックはすでに、私がこれまで見てきた中で最も成長が速い企業の1つを作り上げた。直近実績をもとに年換算した売上高であるランレートは、2026年2月時点で140億ドル(約2.2兆円)だったが、5月には470億ドル(約7.5兆円)を超えた。未公開株式市場で付いた評価額も、ほぼ同じ時期に3800億ドル(約60.4兆円)から9650億ドル(約153.4兆円)へ跳ね上がった。そして投資家の間では、IPO時に2兆ドル(約318兆円)を超える評価額が付くという話が交わされている。こうした数字は注目に値する。だが同時に、公開市場から入ってくる投資家は、将来の成功があらかじめ途方もなく織り込まれた株価を、そのまま引き受けることにもなりかねない。
アンソロピックは2026年6月1日、米証券取引委員会(SEC)に登録届出書の草案を非公開で提出した。SECによる審査が終わり、市場環境が許せば上場できる状態にある。9650億ドル(約153.4兆円)という数字は、あくまで未公開株式市場で直近に付いた評価額であり、公開価格に基づいて算出された企業価値ではない。発行株数も公開価格も、まだ決まっていないからだ。同社は公開価格も最終的な時期も発表していない。ただし直近報道は秋の上場を示唆している。英紙フィナンシャル・タイムズは、出資者らが10月に2兆ドル(約318兆円)以上で売り出す案を話し合っていると伝えた。出資を検討する投資家は経営陣に対し、中国発の安価なAIモデル、政治的な緊張、データセンター増設への反対運動について厳しく問いただしてきた。
株価が最終的に9650億ドル(約153.4兆円)を上回るか下回るかより、私はそうした問いのほうにはるかに引きつけられる。AIブームにおける第1局面で、投資家がおおむね見きわめようとしていたのは、この技術がどれほど重要になりうるかだった。その問いには答えやすくなってきている。はるかに難しい問いは、利益が最終的にどこへ落ち着くかである。
フォーチュン上位10社中8社が顧客、期待は事業より速く膨らむ
アンソロピックが生み出した需要そのものに疑いを差し挟むのは難しい。同社は2026年2月、年100万ドル(約1億5900万円)以上をClaudeに払う顧客が500社を超えたと明らかにした。米誌フォーチュンが売上高で順位づけする上位10社のうち、8社がすでに顧客になっていた。コーディング支援ツールClaude Codeだけでも売上高ランレートは25億ドル(約3975億円)を超え、2026年初め時点から2倍以上に膨らんでいた。その3カ月後、アンソロピックは全社ランレートが470億ドル(約7.5兆円)を突破したと発表した。
目を見張る成長だ。ただし、それは別のことも意味する。アンソロピックIPOを検討する投資家は、誰も気づいていない見過ごされた企業を、人より先に掘り当てているわけではない。気づかれる段階は、すでに終わっている。
未公開株式市場でアンソロピックに付いた評価額は、2026年2月の3800億ドル(約60.4兆円)から5月に9650億ドル(約153.4兆円)へ動いた。出資者らが見込む2兆ドル(約318兆円)でのIPOが実現すれば、評価額は数カ月でさらに2倍以上へ膨らむ。事業は並外れた速さで伸びている。しかし期待は、それよりさらに速く動いているかもしれない。アンソロピックは、事業とほぼ同じ速度で膨らんだ期待に、これから追いつかなければならない。公開市場で株を買う投資家が手にするのは、拡大を続けねばならない企業である。同時にその企業は、技術的な優位を守り、希少な人材を引き寄せなければならない。最先端にとどまるため必要な基盤へ、巨額資本を投じ続ける義務も負う。
ArmとスペースXでも、問題は重要性ではなく買値だった
私はIPOをめぐって、同じ趣旨の主張を何年も繰り返してきた。2023年のArm、そして最近ではスペースXについても、両社が産業にとって欠かせない存在かどうかは1度も争点ではなかった。危ういのは、称賛され、なかなか手に入らない企業に手を伸ばせること自体を、魅力的な買値と取り違える点だ。
アンソロピックは、この2社とは事業内容も株主構成も異なる。だが守るべき規律は同じだ。明日起きることまで投資家が今日払ってしまえば、その企業が世代を代表する存在になったとしても、株そのものは期待を裏切りうる。



