大規模言語モデル(LLM)が登場しつつある、奇妙で気まぐれ、そして時に混沌とした人間の世界において、根本的な何かや原則、プロセス、あるいは思考方法を説明するために、料理のメタファー(比喩)が使われるのは珍しいことではない。私たちが手元にある強力なテクノロジーをどのように生活に統合していくかに頭を悩ませるなか、AIに関してもどうやら同じようなことが起きているようだ。
これを「ヒューマン・サンドイッチ」と呼ぶ人もいれば、「AIサンドイッチ」と呼ぶ人もいる。しかし、このコンセプトにおいて人間はパン(最初が人間、最後も人間)の役割を果たすため、筆者はお気に入りのポッドキャスターであるナサニエル・ウィットモアが、ポッドキャスト番組「AI Daily Brief」の最近のエピソードで触れていた表現を採用したい。ヒューマン・サンドイッチとは、あらゆるプロジェクトにおいてAIが面倒な作業の大部分を担うようになっても、人間を「ループ内(意思決定プロセス)」に留め、その能力を発揮させ続けるための本質的な方法である。
簡単に言えば、AIへの入力は人間の主体性と指示によって方向付けられるべきだという考え方だ。プロジェクトの開始時には人間が主導権を握り、ラフな下書きを作成して方向性を定めた上で、AIを導入して洗練させたり、追加させたり、分析させたりする。そして最後に、人間が再び深く関与し、最終結果を評価し、修正を指示する。つまり、再びコントロールを握り、テクノロジーからバトンを受け取って、ゴールへと導くのだ。
「ヒューマン・サンドイッチ」の定義
「人間の担当する部分は、本質が真に存在する場所だ。一方にはあなたの文脈、明確さ、創造性があり、もう一方にはあなたの編集、判断、トーンがある」と、アンドレア・ワイトウィックはSubstackのコラム「Business of Adulting」に書いている(彼女はGPTを「チャッティ」と呼ぶのが好きだとも明かしている)。「真ん中(AI)は優れているかもしれないが、それだけで食べるのは難しい。そして、パンが1枚でも湿っていれば、全体が台無しになってしまう。これは、ChatGPTが登場するはるか前に学んだ『ゴミを入れれば、ゴミが出てくる(GIGO)』という原則と同じだ。このツールが発表されたとき、アーリーアダプターたちは、入力が優れているほど出力も優れていることに素早く気づいた。明確で詳細な、十分な情報に基づいたプロンプトは、強力で徹底した回答を生み出す。人間の知性と専門知識が、AIの生成物をファクトチェックし、微調整するのだ」
言い換えれば、主体的に仕事をすることと、適当に済ませること(基本的なプロンプトを入力するだけで、AIに何でもいいから出力させること)の間には大きな違いがある。
「AIツールが単独で達成できることへの期待値はかなり高い」と、ラッセル・レイノルズのハープリート・クラーナは書いている。彼は「上のパン」を人間のキュレーションや洞察、「具材」をAIの貢献、「下のパン」を人間の意思決定と定義している。「あまりに期待が高いため、多くの戦略的分野で人間の手が完全に不要になると予測する人さえいる。しかし、実際にはその逆だ。むしろ、人間の関与の重要性はさらに高まっている」
完全に新しい現象ではない
私たちがAIについて頻繁に耳にするようになってまだ数年しか経っていないため、思考作業をコンピューターにアウトソーシングしたいという衝動は、例えば2021年頃に始まったものだと思われても仕方がないかもしれない。しかし、ノースカロライナ州コミュニティカレッジシステムのオンライン学習担当ステートディレクターであるレーン・フリーマン博士が、オンライン・ラーニング・コンソーシアム(Online Learning Consortium)で発表した記事によると、それは事実ではない。
「AIが登場するはるか前から、私たちはすでに思考の一部をテクノロジーにアウトソーシングしていた。私たちの多くは、何十もの電話番号を暗記していた時代を覚えているはずだ。今日、ほとんどの人は数個しか(あるいは1つも)暗記していない。スマートフォンが代わりに記憶してくれているからだ。番号を暗記する能力を失ったわけではなく、ツールがその役割を引き受けたため、そこに脳のリソースを割くのをやめただけなのだ」
しかし、新たな現実は異なるとフリーマンは認めている。
「電話番号に関しては、そのトレードオフは許容できる」とフリーマンは書いている。「しかし、私たちがアウトソーシングしているのが『思考そのもの』――私たちの創造性、批判的判断力、複雑なアイデアと格闘する能力――である場合、その代償ははるかに大きくなる。学習者が極めて早い段階、特に課題の開始時にAIに頼ってしまうと、ツールの枠内に自分の思考を制限されてしまう危険性がある。生成AIはしばしば、洗練された、型に頼った回答を提示する。それはもっともらしく、整理されており、自信に満ちたものだ」
ここでフリーマンは、非常に価値のある指摘をしている。何もない状態から生み出される最初の「無からの創造」こそが、土台を設定し、人間を結果へと導くというのだ。
「人間は一度その回答を見てしまうと、認知的に他の選択肢を想像することが難しくなる」とフリーマンは書いている。「最初の回答がアンカー(基準)になってしまうのだ。人間が主導する作業は、そのパターンを打破する。個人やチームがAIに相談する前に、まずブレインストーミングを行ったり、アイデアをスケッチしたり、解決策を試みたりすることで、創造性と批判的思考のための神経経路を活性化させ続けることができる」
これは、この力関係を非常にうまく説明している。ユーザーが何の準備もなしに打席に立ち、AIにすべてを委ねてしまえば、得られるのは「AI任せ」の成果物だけだ。そして、周囲にはそれが見抜かれてしまうかもしれない。たとえ見抜かれなかったとしても、脳のそれらの部分を使うのをやめてしまったときに何が起こるかを考えてみてほしい。
結局のところ、サンドイッチは優れたメタファーなのかもしれない。少なくとも、複数段階のプロセスの各役割を明確に区切ってくれる。筆者は、故マービン・ミンスキーの著書『心の社会(Society of Mind)』について語るのが好きだ。彼はその中で、人間の脳は単一のコンピューターではなく、何百もの小さなコンピューターが結合したものであると述べている。ヒューマン・サンドイッチ・モデルは、AIとの協働がいかにあるべきか、あるいは実際にどう協働しているかを示している。ぜひ考えてみてほしい。



