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2026.08.16 00:02

「速きもの」と「死せるもの」──AI時代のサバイバル論

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我々は新しい時代に入ったのではない。新しい「エポック(時代区分)」に入ったのだ。その違いは何か。スケールである。

ミレニアムの頃を思い出してほしい。前の世代が「自分たちは特別だ」と嘘を吹き込まれてきたと嘆いていた時代を。現在の世代もまもなく気づくだろう。自分たちがさらに大きな嘘を吹き込まれてきたことに──すなわち、西洋は特別で、成功する運命にあるのだ、と。ちょうど前の世代が、幸福な子供時代の夏は永遠に続くと信じ込まされて育ったように。

我々の社会的・経済的世界は取り返しのつかないほど変わってしまった。そして、古い現実を洗い流したのはテクノロジーの奔流である。それは第二次世界大戦中および戦後、米軍の到来がメラネシアの社会を破壊したのと同じことだ。

船から無限に工業製品が運び込まれ、現地の指導者層がその仕組みをまったく理解していないことが明らかになったとき、混乱した多くのコミュニティの間で「カーゴ・カルト(積荷信仰)」と呼ばれる現象が太平洋全域に広がった。彼らは、高度な製造技術を持つ文明が、自分たちの古くから固定化された世界に参入してくるのを目にしたが、それがどのように成り立っているのか想像もつかなかった。その代わりに彼らは、この魔法のような資源分配は、当然自分たちにも適用されるはずだと結論づけた。

だから彼らは待った。自分たちも同じような富を受け取れると信じ、目にしたその豊かさが自分たちのもとにもやってくると期待して。彼らの頭の中では、労働も努力も必要ないことが明らかだった。必要なのは正しい旗、魔術的思考、そして無償で品物を受け取るのは自分たちの権利だという信念だけ、と。

そうでなければ、どうして公平であり得るだろうか。

これらの原始的な社会が、以下のことに気づかなかったのを我々は愚かだと考えるかもしれない。

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  • 資源は無から生み出されるものではない。
  • 希望は戦略ではない。(出典:サラ・ペイン教授)
  • 積荷は言葉ではなく労働から生まれる。
  • 信念は現実ではない。
  • 目に見えるものは、プロセス全体のごく一部にすぎない。
  • 強さは消費ではなく努力から生まれる。

80年前の素朴な文化を振り返れば、これらの真理は自明に思える。

しかし、現代の我々の社会はどうだろうか。

現代世界に生きる我々のうち、どれほどの人が同じ過ちを犯し、非常に似た前提に依存しているだろうか。

我々の商品は船に乗って届く。我々自身が所有もせず、真に理解してもいない工場で作られたものだ。多くの人々が、何らかの儀式によって面倒を見てもらえると期待して座り込んでいる。自分たちの人生を包み込むシステムが実際にどう動いているのか、少しでも理解している人がどれほどいるだろうか。誰が、何のために、どうやってそれを賄っているのか。その一方で、我々の社会は持続不可能な経済の道を辿りながら、魔術的思考によって破滅へと向かっている。

我々より前に、ローマ人は贅沢の中に溶け去り、徳川時代の日本は傲慢によって蝕まれ、ソビエト連邦は愚劣に浸り、スペイン帝国は怠惰に溺れ、ワイマール・ドイツは金融工学に魅了され、そしてナウルは、希望が戦略でないのと同様、鳥の糞もまた戦略でないことを決定的に証明した。

では、我々はどうすればよいのか。

木の下に座り、嘆き、滅びるのか。

否。答えは、前に進むことだ。

未来は行動する者のものである。ここまで読んでくれたあなたも、その一員であると私は疑わない。

世界は動き続け、なお可能性の宝庫であり続ける。

forbes.com 原文

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