サイエンス

2026.08.17 10:30

AIは「ディープフェイク・ウイルス」を作れるようになった──しかし、私たちに備えはない

細菌を攻撃するバクテリオファージのイラスト(stock.adobe.com)

細菌を攻撃するバクテリオファージのイラスト(stock.adobe.com)

先日、Radical Numerics(ラディカル・ニューメリクス)の共同創業者で最高経営責任者(CEO)のエリック・グエンに話を聞いた。彼はAIにDNAを「書く」ことを教えた立役者の1人であり、狙った箇所だけを書き換えるDNA編集や、個人のDNAに合わせて設計するオーダーメイドの医薬品によって、がんをはじめとする病気を根絶することを目指している。ところが対話の途中で彼が語り出したのは、落ち着いた学術的な生物学の話ではなく、ハリウッドのサイバースリラーに出てきそうな脅威だった。ディープフェイク・ウイルスである。

ディープフェイクの生物学的ウイルスは、スマートフォンやノートパソコンを襲うものではない。狙いは金銭でも個人情報でもない。

標的になるのは、あなたの体の細胞だ。しかもそれは「ディープフェイク」の名のとおり偽装されていて、体がこれまでに出会ったどのウイルスにも見えない。だからこそ免疫システムの防御をすり抜け、健康を脅かす。

「ウイルスとして機能するDNAを設計しながら、その文字の並びを意図的に入れ替えて、正体をぼかすことができます。そうすると、既存の検知システムは、それが過去に見たことのあるウイルスだと気づけません」。グエンは最近のNEXTポッドキャストで私にそう語った。「機能は保ったまま、アルファベットの並べ方を組み替える。すると、これまでに観測されたどの配列とも一致しなくなるのです」。

出来上がるのは本物のウイルスだ。ただしAIによって作り替えられており、危険な機能はすべてそのままに、遺伝子の配列だけがひそかに並べ替えられている。そのため、人工の検査システムも、私たちが生まれ持った免疫という天然の検査システムも、その接近に気づけない。

それはまだ先の問題ではないか、と私は思っていた。来年か、10年後かの話だろう、と。

ところが、その「先」はもう到来していた。

8月6日、スタンフォード大学とアーク研究所(Arc Institute)の研究チームが、生成AIを使ってウイルスをゼロから設計したとする論文を科学誌サイエンスに発表した。自然界には見つかっていないゲノム(生物の設計図にあたる遺伝情報の全体)を機械が書き上げ、それが実際に機能した初めての例である。チームは数百のゲノム候補を生成し、そのうち300近くを実験室で合成、うち16個をバクテリオファージ(細菌に感染するウイルス)として実際に働かせて、大腸菌に感染させ死滅させることに成功した。

使われたAIモデルは何か。Evo 1とEvo 2、つまりエリック・グエンらがアーク研究所で作ったモデルである。インタビューで私にディープフェイク・ウイルスの危険を説いたその人が、1週間後、自らの作品がその実証例になるのを目にしたことになる。

次ページ > スタンフォードのチームが実際に作ったもの

翻訳=酒匂寛

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