米ドルに連動するデジタルトークン、ステーブルコインが約3000億ドル(47.7兆円)規模へ膨らみ、銀行を通さずに24時間ドルが動くようになった。預金と決済の流れを奪われかねない米国の銀行は、預金そのものをトークンに変えて反撃に出ている。米国では預金保険が1口座あたり25万ドル(3975万円)まで守るが、ステーブルコインにその保護はない。
同じ動きは証券側でも起きている。米国では株式を買っても投資家の名前が株主名簿に載らず、証券会社、清算機関、保管機関、銀行がそれぞれ別の帳簿を更新して、あとから突き合わせている。トークン化は、この配管を1つの台帳へ束ね直す。
もっとも、実際に投資家が持ち運べるトークン化資産は約377億ドル(約6兆円)で、2030年に5兆5000億ドル(874.5兆円)とみる予測にはるかに届かない。「トークン化株式」も、株式そのものを指す商品と、値動きをなぞるだけで議決権も配当もない商品が同じ名前で売られている。トークン化が変えるのは記録と移転の手順であって、資産の中身ではない。
それでも、規制の輪郭は定まった。現在、銀行・資産運用会社・取引所・清算機関が揃って構築に動いている。
ウェルズ・ファーゴがトークン化預金を秋に開始、大手銀行が横並び
米国時間8月4日、資産規模約2兆3000億ドル(365.7兆円)で全米4位のウェルズ・ファーゴが、今秋から大企業や中堅企業の法人顧客にトークン化預金を提供すると発表した。少し前であれば、この発表もブロックチェーンを使った観測気球の1つとして片づけられていただろう。だが今では、競争に後れを取るまいとする動きに見える。
JPモルガンとシティグループはすでに同様のサービスを手がけている。JPモルガンのKinexys(キネクシス)は1日あたり70億ドル(1.1兆円)超を処理し、開始以来の累計は4兆ドル(約636兆円)を超えた。この2行はウェルズ・ファーゴ、バンク・オブ・アメリカ、さらに十数行の大手銀行とともに、ザ・クリアリング・ハウスが運営する取り組みにも参加している。ザ・クリアリング・ハウスはZelle(ゼル)のように複数の銀行が共同で保有する決済会社で、トークン化預金を金融機関の間で動かすための共通の仕組みを開発している。
DTCCがトークン化証券を7月に初処理、10月に本格開始
市場を支える配管部分も同じ方向へ動いている。米国の証券取引の清算と決済を一手に引き受ける業界共同のインフラ、DTCC(Depository Trust & Clearing Corporation。日本の証券保管振替機構と日本証券クリアリング機構を合わせたような組織)は、1日あたり15兆ドル(約2385兆円)規模の取引を処理している。そのDTCCが7月、トークン化証券を使った実取引を初めて処理し、10月にサービスを開始する予定だ。世界最大の資産運用会社ブラックロックも今月、トークン化されたMMF(マネー・マーケット・ファンド。短期の安全資産で運用する投資信託)関連商品を2本投入した。
トークン化証券は2030年に874.5兆円、シティが見込む
シティは、トークン化された証券の規模が2030年までに約5兆5000億ドル(874.5兆円)に達し得ると試算している。一方、ボストン・コンサルティング・グループとデジタル証券取引所ADDXは、流動性の低い資産のトークン化市場に16兆1000億ドル(2559.9兆円)の潜在規模があるとしている。両者が見ている市場は別物だが、この賭けの大きさは伝わってくる。トークン化はついに、暗号資産界隈のスローガンではなく、ウォール街のビジネスになりつつある。
トークンは資産を変えず、所有記録の付け替え方だけを変える
トークン化とは、資産そのもの、あるいは資産に対する請求権を、ブロックチェーン上のデジタルトークンで表す仕組みだ。ブロックチェーンは、いったん記録すると書き換えられないデジタル台帳である。対象となる資産は、株式でも、米財務省短期証券(Tビル)でも、MMFでも、銀行預金でもよい。トークンが正式な所有記録の一部になっている場合もあれば、別の場所で保管されている資産の預かり証にすぎない場合もある。
トークン化が変えるのは資産そのものではなく、その所有権をどう記録し、どう移転するかである。従来の証券取引では、証券会社、清算機関、カストディアン(顧客の資産を預かって管理する金融機関)、銀行がそれぞれ別々のシステムを更新し、そのうえで互いの記録が一致しているかを突き合わせる。ビットコインの生みの親とされる匿名の人物サトシ・ナカモトが考案したブロックチェーン技術を使えば、誰が何を保有し、誰が誰にいくら負っているかを、関係者が同期した1つの記録として共有できる。
証券と資金が同時に持ち主を替え、担保の解放も自動になる
改善の源は工程が減ることにある。証券と、その購入に使う資金が、互いにやりとりできるシステム上に記録されていれば、両者は同じ瞬間に持ち主を変えられる。買い手が資産を受け取るのと同時に売り手が代金を受け取るため、どちらか一方が相手の決済を待つ間リスクにさらされることがない。トークン自体にプログラムを組み込んで、利息を支払わせたり、担保を解放させたり、資格のない投資家が資産を受け取れないようにしたりすることもできる。
話題をさらいやすいのは24時間365日の決済だ。とはいえ、大半の投資家は日曜の朝にエヌビディア株の取引が決済されることを求めてはいない。意味が大きいのは、時差をまたいで資金や担保を動かす機関投資家のほうである。トークン化されたMMFであれば、関係する銀行が営業を再開するまで手つかずで寝かせておく代わりに、夜のうちに移して別の場所の支払い義務に充てることができる。
もっとも、こうした利点はただで手に入るわけではない。即時決済には、より多くの現金が必要になることがある。
現在の米国の証券決済では、清算機関が1営業日分の売買をまとめて相殺する。ある証券会社がA社株を100万ドル(1億5900万円)買い、同じ日にB社株を90万ドル(1億4310万円)売っていれば、実際に動かす現金は差額の10万ドル(1590万円)で済む。清算機関が全参加者の売り買いを一括で突き合わせるため、必要な資金は取引総額のごく一部に圧縮される。
即時決済にすると、この圧縮が効かなくなる。1件ずつその場で証券と代金を交換するので、100万ドル(1億5900万円)の買いには同額の現金を、その瞬間に用意しなければならない。1日分をまとめて相殺してから差額を送るという手順が成立しないためだ。つまり、決済が速くなる代わりに、証券会社や銀行が手元に抱えておく現金は増える。
共通台帳ができたからといって、市場が1つにまとまる保証もない。例えばテスラに投資するという1点をとっても、その手段は普通株、テスラが公認したトークン、カストディアンが保管する株式を裏づけとするトークン、テスラの株価に連動するだけの契約と、いくつもある。それぞれ付随する権利は異なり、流動性の溜まり場も別々になりうる。この点は後で詳しく述べる。



