雇用市場は凍りついている。誰もどこにも動かない。それなのに、状況は改善していない。
長年、人材をめぐる議論は、従業員を失う恐れと離職コストを軸に展開されてきた。優れたカルチャーを築くか、さもなくば人を失うか、という論理だ。しかし現在、雇用市場の動きが鈍いことで離職率は低下し、代わりにカルチャーの問題が浮き彫りになっている。確かに、みなが残った。そして、大半の人が関心を失った。
ギャラップの「2026年グローバル職場環境レポート」によれば、2025年の世界の従業員エンゲージメントは20%に低下し、2020年以降で最低水準となった。つまり、世界の労働人口の80%が仕事に無関心であり、その財務的影響はもはや抽象的な話ではない。ギャラップは、この低下が世界経済に推定10兆ドル(約1590兆円)の生産性損失をもたらしていると試算する。Z世代とミレニアル世代はこれを「静かな退職(Quiet Quitting)」と呼ぶ。研究者は「大いなる離脱(Great Detachment)」と呼ぶ。呼び方はどうあれ、これがいまや多くの職場のデフォルト状態なのだ。
組織行動学者で、ポッドキャスト「Happier at Work」のホストであり、新著『Thriving Talent: How Great Leaders Drive Performance, Engagement, and Retention』の著者でもあるエイフィ・オブライエンは、こうしたパターンが繰り返されるのを何年も見てきた。そして、うんざりしている。
「足りていないのは努力ではありません」とオブライエンは筆者に語った。「多くのリーダーは本気で改善したいと願っています。足りていないのは、実際の問題の診断です」
今年出版された彼女の著書は、人材論議に欠けていたものを提示している。人がなぜ職場で開花できないのか、そして実際に何をすべきなのかを理解するための、真にエビデンスに基づいたシステムレベルのフレームワークだ。即効性のある解決策ではなく、より長期的な投資である。この本はウェルネス宣言でも、体裁を変えたリスト記事でもない。『Thriving Talent』は5つの相互依存する要素(心理的安全性、職場カルチャー、従業員のドライバー、能力、リーダーシップ)を軸に構成されており、大半の組織が症状にばかり対処し、根本原因を放置していると説得力をもって論じている。
誰も実際には築いていない土台
リーダーに尋ねると、彼らは自チームで心理的安全性の醸成におおむね成功したと答える。
実態は違う。
オブライエンはリーダーや人事管理職に大きな共感を寄せている。心理的安全性とは、罰や恥辱を恐れずに発言し、リスクを取り、問題を表面化させられるという信念のことだ。怒鳴り声がないことでもなければ、温かくふわふわした感情があることでもない。極めて測定可能な状態でありながら、大半の職場が確立にほど遠いものだ。そして、人材論のあらゆる要素の土台となる条件でもある。これがなければ、エンゲージメント施策は形骸化し、フィードバックのループは壊れ、最も有能な人々は静かに離脱していく。
彼女はこう語る。「心理的安全性とは、上司が失敗を認めたり『分からない』と言ったりすること、若手がチーム会議でアイデアを共有しても安全だと感じられること、あるいは問題が破滅的になる前に早めに指摘できることといった、シンプルなものになり得ます。多くのリーダーは心理的安全性を『心地よさ』と混同しています。しかし、安全と快適は同一視すべきではありません。必要な難しい会話をするときには不快さを感じることもある。それでも、それをできるという安心感があるのです」
オブライエンの捉え方が有用で新鮮なのは、彼女が責任追及やマネジャーへの羞恥に関心がないことだ。彼女が問うのは、リーダーが「良い人」かどうかではなく、人々が最高の仕事をできる条件を整えたかどうかである。
人を直すか、仕組みを直すか
人格と構造的条件をこう区別することが、『Thriving Talent』を「もっとレジリエントになってみましたか?」に帰着するような多くのリーダーシップ本と一線を画す点である。
対話のなかでオブライエンは、誰もが見覚えのあるシナリオを挙げた。パフォーマンスの低い、あるいはエンゲージメントの低い従業員を特定し、研修に送り込むか、従業員支援プログラム(EAP)を提供する。この極めて個人主義的なアプローチは、人と環境の不一致を、組織設計の問題ではなく個人の欠陥として扱う。
結果もお馴染みだ。従業員は自分が作ったわけではない状況について責められたと感じ、リーダーは何も変わらないことに戸惑う。
ここで注目すべきは、2022年以降、管理職のエンゲージメントが9ポイント下がっていることだ。他のみなのために条件を整える責任を負っている人々自身が、心を閉ざしている。これは労働者の姿勢の問題ではない。構造設計の失敗である。
オブライエンのフレームワークはこれを反転させる。「この人の何が問題なのか」ではなく、「この人が置かれているシステムの何が問題なのか」と問うのだ。価値観の整合性、明確な期待値、リーダーの行動、評価の仕組み——これらこそが、人材が花開くか、静かに燃え尽きるかを決める変数である。
「燃え尽きは、組織が人への投資を惜しんで節約しようとして、結局その代償を払うときに起きるのです」とオブライエンは書いている。ここでのROIの計算は決して曖昧なものではないと彼女は念を押す。燃え尽きのコストは従業員1人あたり年間4000ドル(約63万円)から2万1000ドル(約334万円)と推定され、平均的な1000人規模の企業では年間500万ドル(約7億9500万円)以上の損失となる。これは単なるカルチャーの問題ではない。企業のバランスシートに響く問題である。
欧州が知り、米国が忘れ続けていること
オブライエンはアイルランド出身で、欧州各地の企業社会で20年を過ごし、その経験が本書の下敷きとなっている。この背景は重要だ。
米国の職場文化は「強度」との特殊な関係を持っており、それを世界の他地域に静かに輸出してきた。休息の重要性を訴える研究者やインフルエンサーがいるにもかかわらず、私たちは「頑張り」を賛美する。生産性アプリ、研修プログラム、パフォーマンス・コーチングといった産業全体を、人は24時間のなかでどうにかしてもっと多くをこなし、より効率的になり、より多くを達成できるという発想の上に築いてきた。
大量解雇、オフィス回帰命令、「燃やして使い捨てる」ことの静かな常態化——今のこの状況は、その論理の当然の帰結にすぎない。
対照的に、欧州の規制文化は労働者保護を法律や社会全体の文化に組み込んでおり、管理職の裁量に委ねてはいない。心理的安全性や人間中心のリーダーシップは「あればよい」ものではなく構造的なものであり、新任のCXOが着任した際に真っ先に切られる対象になりにくい。
筆者がオブライエンに感心するのは、フランスの週35時間労働制を美化していないことだ。比較には現実的な限界があり、多国籍組織文化の実態にも限界がある。しかし彼女は、人材について長期的に考えることは理想主義ではないと主張する。それは、実際に複利で効いてくる唯一の経営戦略なのだ。「燃やして使い捨てる」アプローチは、特定の四半期や会計年度では効率的に見える。しかし、5年の年月にわたる組織的知識の喪失、カルチャーの劣化、再雇用コストを考えると、破滅的に見える。
彼女はこう語る。「見せかけの生産性から、より成果志向のアプローチへの移行が見え始めています。誰かが目に見えて働いているからといって、事業成果を動かすような正しいことに取り組んでいるとは限りません。個人レベルで実務上これが何を意味するのかを明確に示すことが、個人やチームの生産性の実感を高めるうえで大きな効果を発揮するでしょう」
誤った二者択一
おそらく『Thriving Talent』が果たす最も有益な役割は、人間中心のリーダーシップと高いパフォーマンスが緊張関係になければならないという前提を解体することだ。
エビデンスはそうした緊張を裏づけない。エビデンスが裏づけるのは、人を搾取可能な資源として扱う組織は、いずれ天井にぶつかるということだ。イノベーション、信頼、そして命令や監視では生み出せない裁量的努力の天井に、である。心理的安全性を最初に体系的に研究したハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソンは、この本を「今日の職場に向けた、地に足のついた実行可能な洞察」と評している。これは単なる推薦文ではない。オブライエンが土台とする基礎研究を築いた本人からの裏づけである。
オブライエンからリーダーへのメッセージは、成果と人のどちらかを選べというものではない。むしろ、これを二者択一の問題として捉え続けているリーダーは、すでに高くついていたモデルの上で動いている、というものだ。そして、凍りついた雇用市場は今、その高コストを離職率データではもはや覆い隠せない形で可視化した。
人々は辞めていない。彼らはそこにいる。あらゆる会議、あらゆるZoom通話のなかに。オブライエンが本当に問うているのは、リーダーが自らが築いたものを正直に見つめる意思があるかどうか、そしてそれを修復するための長期的思考を持っているかどうか、ということである。



