必要なのは「適切な日」の出社
ここで、リモートワークかオフィス勤務かという議論は不必要なほど二者択一になる。
在宅勤務の方が明らかに適している日もある。報告書の作成、データの分析、難しいプレゼンテーションの準備などは、会話や会議に邪魔されることなく数時間集中できる環境で行う方がはかどるだろう。1時間かけて通勤し、ヘッドフォンを装着してデスクに座り、別の場所にいる同僚とのオンライン会議に参加する――。そんな働き方が誰にとっても時間の有効活用だとは到底言い難い。
一方で、いっしょにいることが非常に重要になる日もある。
コラボレーションに関する研究では、リモートワークによってコミュニケーションがよりサイロ化し、関わる同僚の範囲が狭まってしまうことが明らかになっている。これはリモートワークが機能しないという意味ではない。組織が重視する交流の中には、デジタル環境では意図的につくり出すことが難しいものがあるということだ。特に直属のチーム以外の人々をつなぐ弱いつながりや偶発的な出会いなどがそうだ。
組織内の知識がどれほど非公式な形で伝わっているかを考えてみるといい。誰かが問題を耳にし、それを解決できる人をすぐに思いつく。キャリアの長い人が難しい会話にどう対処するかを若手が目にする。2人が会議終了後も10分間話し続け、自分たちのプロジェクトに重なる部分があることに気づく、など。
こうした瞬間は誰も予定に組み込んでいない。
だからこそ、それらは重要なのだ。
つまり、オフィスは仕事をする場所としての重要性を失いつつある一方で、仕事を取り巻く人間関係が形成される場所としてより重要になっているのかもしれない。
理由なしに出社を求めるのはやめるべき
従業員がオフィス出社を嫌悪するよう仕向ける最も手っ取り早い方法は、単に会社がそのオフィスを所有しているという理由だけで出社を義務づけることだ。
意味のない「出社しているふり」のような行為には誰もがすぐに気づく。自宅からでも参加できた6回のTeams会議に出席するためだけに、わざわざ満員電車に乗って都心部まで通勤している人に、「コラボレーション」のためにはオフィスへの出社が重要だと説いても説得力を持つことはまずない。
職場における自律性に関する研究では、業務の遂行方法について従業員に有意義な裁量権を与えることが、モチベーションやウェルビーイングの向上につながることが一貫して示されている。そのため、厳格な出社義務は特に興味深い問題となる。組織はオフィスの稼働率を高めても、同時にそれよりもはるかに価値のあるもの、つまり「自分は適切な判断を下せると信頼されている」という従業員の感覚を弱めている可能性がある。


