天気がいつもより格段にいい日、オフィスでは不思議なことが起こる。
オフィスから人影がなくなるのだ。
誰かが午後の会議をオンラインにしようと提案する。仕事用のコミュニケーションツール(WhatsAppやSlackなど)には庭に置かれたノートパソコンの写真が次々と投稿される。昼食時になるころには、何百人もの従業員を収容するように設計されたビルは妙に閑散とする一方で、仕事はキッチンやパティオ、Wi-Fiが使えるその他の場所から問題なく進められている。
経営幹部にとって、この光景には当然の疑問が潜んでいる。「なぜ私たちは、これほど広いスペースにお金を払っているのか」
それはもっともな疑問だ。商業用不動産には多額の費用がかかる。ハイブリッドワークは定着しており、多くの知識労働はほぼどこからでもできることを従業員たちはすでに証明している。晴れた水曜日に空っぽになったオフィスは、企業が物理的なオフィス面積を縮小すべきだという、とりわけ説得力のある証拠のように見えるかもしれない。
だが私たちは空席のデスクから間違った結論を導き出しているのかもしれない。
毎日満員のオフィスはもはや健全な職場であることの証とは限らない。同様に、時折空になるオフィスも必ずしも価値がないことの証ではない。より興味深い問いは、オフィスは今、何のために存在するのかを私たちが誤解しているのではないかということだ。
オフィスの稼働率は価値を測る指標ではない
20世紀の大部分においてはオフィスの目的は単純だった。仕事をする場所だ。従業員がそこにいなければ、多くの場合、仕事も行われていなかった。
テクノロジーがその関係を壊した。
金融アナリストは自宅でモデルを作成でき、弁護士はカフェで書類を確認できる。マーケティングチームは同じ部屋に集まらなくても4カ国をつないで会議を開くことができる。仕事が持ち運び可能になると、組織は所有する建物とそれを利用する人々の行動との間に生じた居心地の悪いミスマッチに直面するようになった。
ハイブリッドワークに関する研究は、この状況を単純化するどころか一層複雑なものにしている。従業員が働く場所について実質的な裁量を持っている場合は特に、ハイブリッド勤務は業績を損なうことなく、人材の定着率を高める可能性があることが研究で示されている。これは重要だ。というのも、多くのオフィス回帰をめぐる議論の前提、つまり「オフィス出社が増えれば、組織の成果も向上するはず」という考えに疑問を投げかけるからだ。
必ずしもそうなるとは限らない。
従業員が他の場所でも効果的に仕事をこなせるのであれば、埋まっているデスクの数を数えたところで、経営陣が得られる情報は驚くほど少ない。デスクが半分空いているオフィスは、お金を無駄にしていることを意味しているかもしれない。一方で、従業員に適切な裁量が与えられていることを意味している可能性もある。
数字上は同じように見えるが、実態は全く異なるかもしれない。



