15歳で人生を決める。あらゆる可能性にあふれた現代において、それは一般的なことではないだろう。だがその決断が、長野の片田舎の少年をパリへと導き、やがてフランス料理の頂点、三つ星レストランへとつながるものであったとしたら…。
2020年、小林圭率いる「Restaurant KEI」は、アジア人シェフとしてはじめて、フランス版ミシュランガイドで三つ星を獲得した。だが本人にとってその栄誉はゴールではなく、むしろ、「そこでようやく自分の世界観をつくるスタートラインに立てた」と話す。
「長野の“山猿”だった自分が、パリで店を構え、三つ星を獲得した。だから、可能性は誰にでもある」。Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2026のアドバイザリーボードを務めた小林に、現在に至るまでの経験、学びを聞いた。
料理、その一本に人生を賭けた
小林の原点は、15歳のときに見たアラン・シャペルのドキュメンタリーにある。フランス料理のことを詳しく知っていたわけではない。ただ、その佇まいが圧倒的に格好よかった。父は「割烹」、母は「洋食」の料理人という環境下で幼き頃から厨房は身近にあり、そこに立つ父の姿を下から見上げて、料理の世界に憧れのようなものを抱いていた。
すぐさま、県内のホテルのフランス料理店に電話をかけた。募集していたのはサービス職だったが、「厨房に入りたい」と直談判した。
そこで突きつけられた条件は、「スキーもスノーボードもやらない。ファストフードを食べない。友人関係も断ち、彼女もつくらない」。若者の楽しみをすべて奪うような厳しいものだった。
3日考えて返事をするように言われたが、小林は翌日に「やります」と答えた。するとシェフから「24時間で考えたことなんて信用できない」と返される。結局、約束通り3日待って、もう一度意思を伝えた。「物事は早ければいいというものではない。じっくり熟成させることの大切さを知った」と当時を振り返る。
迷いはなかったという。「自分にはこれしかないという覚悟があった。父からは、料理の世界ではシェフの言うことは絶対だ、と言われました」。怒られたこともなかった父に、そこだけは守れと釘を刺され、その一言が心に深く刻まれた。
15歳で働き始め、19歳まで「一生分叱られた」と言うほど、叱られ続ける毎日が続いた。朝5時半から深夜まで働き、1日に何度も「仕事を辞めろ」と言われる日々。それでも踏みとどまれたのは、「もともとの負けず嫌いな性格や父の助言、そして、これをやめたら何も残らないという焦りがあったから」。料理しかない。その一本に人生を賭けた。



