この秋、自身にとって最大規模の個展を開催するアーティスト、YOSHIROTTEN(ヨシロットン)。国内外のミュージシャンや著名ブランドをクライアントに、多彩なクリエイティブを手がけるアートディレクターとしても活躍する。
10代でデザインの道に進んで以来、つくる環境と見せる環境を求めて走り続けてきた彼のキャリアとは。Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2026のアドバイザリーボードを務めたYOSHIROTTENが、U30時代を振り返る。
インターンだけど、デザインがしたい
高校卒業後、グラフィックデザインの専門学校へ進学するタイミングで、生まれ育った鹿児島県から上京しました。
特待生として入学したんですが、その実技試験は、与えられた室内で何でもいいから5時間以内に制作してプレゼンするというもの。今となってはチープだったなと思いますが、実家の前の森から植物を真空パックして大量に持ちこみ、「僕の好きな場所です」と提示しました。ドアを開けたときの香り、みずみずしい植物の様子、そのときの体験は記憶に残っています。グラフィックというより、今やっている空間演出の仕事に近いですね。
在学中は、ビクターエンタテインメントのデザインの部署でインターンをしていました。学校経由の募集でした。将来、音楽に関わる仕事がしたかったし、自分の好きなミュージシャンと仕事できるかもと思ったら絶対に採用されたくて、自分に求められるだろう役割を想像してポートフォリオを制作して選考に挑みました。
実際始まってみると、コピーをとったり、資料本を買いに行ったりという業務が中心。それでも僕はデザインの仕事がしたかったので、常にポートフォリオを持ち歩いて、チャンスがあれば見せるようにしていました。
そしたらある人が、「いいじゃん。これに “ けいちゃん ”って書いて」と。それが最初に世に出た自分の仕事で、桑田佳祐さんのソロライブのロゴとして、パンフレットに載りました。実はずっと手元になくて探していたんですけど、最近ネットオークションで見つけて購入しました(笑)。
憧れの会社で、 “ど真ん中の仕事”を
専門学校卒業後は、アーティストでアートディレクターの土井宏明さんにお世話になりました。今も仲が良くて、僕の展覧会などにも毎回来てくださっています。
出会いは、ビクターでインターンしていた頃。当時、取引先のいろんなデザイン事務所へ出入りしていたのですが、土井さんが主宰するポジトロンのオフィスに行ったとき、もう感動しちゃって。ライダースを着て、ギブソンのFlyingVを持って出てきた土井さんに、その場で「ここに入りたいです」って言いました。



