リーダーシップ

2026.08.13 17:36

カルチャーを見誤るブランドの末路、元Apple・Nike幹部の警告

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人間の行動に対して、カルチャー(文化)ほど大きな影響力を持つ外的要因はない。これに尽きる。私の仕事の大部分は、この命題の上に成り立ってきた。これはマーケターにとって極めて重要である。なぜならブランドとは、定義上、意味を運ぶ器であり、その意味は文化の中で形成されるからだ。つまり、消費そのものが文化的行為なのである。マーケターがこの重要な真実を理解すれば、人々の心の中に意味を呼び起こし、市場を動かすことができる。だからこそ私は長年、それを正しく扱うことの利点を説いてきた。一方で、私が十分に語ってこなかったのは、それを誤ったときの代償である。

アルトゥーロ・ヌニェスは、NBA、ナイキ、アップル、そしてブラジルのデジタルバンク「ヌーバンク(Nubank)」でマーケティングを率いた後、自身の会社であるAIEクリエイティブ(AIE Creative)を設立するまで、30年間にわたりカルチャーを正しく捉え続けてきた人物だ。そのため、ポッドキャスト番組『FROM THE CULTURE』の最新エピソードに彼を招いたとき、私は志を同じくする仲間に出会えるだろうと期待していた。しかし、実際に得られたのは、私自身の説教のもう半分のピースだった。つまり、カルチャーの扱いを誤ったときに何が起こるかを、具体的なストーリーを交えて正確に指摘できる人物だったのだ。私が教会の入り口でカルチャーの持つ可能性という福音を説いてきたとすれば、ヌニェスはその警告を布教してきたと言える。

彼の流暢さは理論的なものではない。ヌニェスはハーレムの96丁目より北、彼が親しみを込めて「はみ出し者のおもちゃの国」と呼ぶ場所で育った。そこにはアフリカ系アメリカ人、ジャマイカ人、プエルトリコ人、ドミニカ人、キューバ人がすぐ隣り合わせで暮らしていた。週末になると、若きアルトゥーロは、ある部屋では大人たちがサルサやメレンゲに合わせて踊り、別の部屋では従兄弟たちがスティーヴィー・ワンダーやアース・ウィンド&ファイアーにノッているという世界を体験した。彼はそのすべてを吸収し、多くの人が経験することのないレベルの「文化的近接性(文化的距離の近さ)」を身につけたのだ。

ヌニェスにとって、それこそがすべてだ。すなわち「親密さ(intimacy)」である。文化的親密さがあるからこそ、マーケターは意味を解読し、部外者の目には見えないニュアンスを察知することができる。いわば、AIの世界征服に向けた探求における「ラスボス」のようなものだ。しかし、カルチャーがどれほど繊細なものであるにせよ、やっかいなのは、ブランドが的を外したとき、その過ちが誰の目にも明らかになってしまうことだ。

対談の中でヌニェスは、偏見に満ちていると言われても仕方のないほど配慮に欠けたブランドキャンペーンを指摘した。さらに彼は、これが単なるマーケティングの不手際ではなく、組織のカルチャーの問題に発展していると言及する。「世に出る前に200人もの人間がその作品を目にしていたにもかかわらず、誰も『おい、これはまずいだろう』と言わなかったのだ」と。これは2つのうちどちらかを意味している。それを指摘できるだけの文化的親密さを持つ人がその場に一人もいなかったか、あるいは、さらに悪いことに、そうした人材がいたにもかかわらず、彼らが声を上げられるほど安全だと感じられなかったかだ。その結果、彼らは会議では何も言わず、終わった後に「あれ、見た?」とテキストメッセージを送り合うことになる。言い換えれば、配慮に欠けた広告は、単なるクリエイティブの失敗ではない。市場と職場の間の壁を崩壊させてしまう、組織の失敗なのだ。キャンペーンと沈黙のカルチャーは、同じ病気がもたらす2つの症状であり、その場に誰がいようとも、彼らの声を奪ってしまっている状態を指している。

ヌニェスは、ブランドのストーリーテリングとリーダーシップを同一のものとして捉えている。人々が「自分は見られている」と感じるための手段である。たとえば彼は、「アスピレーショナル(憧れを喚起する)」という言葉に対して長年の不満を抱いている。あまりにも多くの場合、それは顧客が実際に何者であるかを含んでおらず、顧客を現実の顔としてではなく、幻想として距離を置いて扱っているからだ。経験則として、彼はそれを拒み、現実の人々とその現実の暮らしを画面に映す。人々が自分を見てもらえたと感じるとき、魔法が起きるからだ。これは、ミシガン大学のアーロン・アフヴィアの研究を含むブランド愛着に関する学術研究によっても裏づけられている。そこでは、感情的なつながりが、人々にブランドのマークを体にタトゥーとして入れさせたり、車にロゴを貼らせたりする力を持つことが示されている。それは不合理な行動だが、意味によって合理的に生み出されている。その意味とは文化的意味であり、消費を一貫して促進するものなのである。

これがマーケターだけでなく、あらゆるリーダーにとって重要である理由は、社内の顧客(従業員)も社外の顧客とまったく同じように動くからだ。人々が仕事にエンゲージしていると感じると、その会社は自分たちのものになる。彼らはブランドグッズを身につけ、ブランドを擁護し、それを自分自身の延長として扱う。デトロイトの子どもが真新しいエアフォース1をどうしても手に入れなければならなかったのと同じだ。そして失敗のパターンも同じである。象牙の塔から設計し、自分たちの意思決定の影響を受ける人々を排除すれば、廊下で「あの判断、疑問を投げかける権限すら与えられていなかった」と社員同士が小声で言い合う組織が出来上がる。ヌニェスが築こうとしているのは、その反対である。人々がまるごとの自分で現れることを歓迎される部屋、レストラン、リスニングバー、そして会社そのものである。

ヌニェスと私は、いわば同じ会衆に属している。しかし彼の焦点は、カルチャーが活用すべき資産として見なされるだけでなく、尊重すべき負債としても理解されるようにすることにある。文化の扱いを誤り、遅れてやって来て、あるいは実際にそれを生み出している人々を排除すれば、代償を払うことになる。望むと望まざるとにかかわらず、請求書は必ず届く。唯一の問いは、文化的親密さを実践することで今少し支払うのか、それとも見誤ったことの代償を公の場で後になって大きく支払うのかである。選ぶのはあなた自身だ。

forbes.com 原文

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