カリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネスでジェフ・アイエットが講義を終えるたび、たいていの人なら自虐的だと感じることをしている。自身の講義を録音し、その録音データとスライドを大規模言語モデル(LLM)に読み込ませ、1つの質問を投げかけるのだ。それは「MBAの学生ならどのような批評をするか」という問いである。
「居心地は悪いが、私がやっていることの中で最もリターンが高い」と、ハースでAI教員プログラムを率いるアイエットは筆者に語った。同僚のうち、同じことをしている人は10人に1人もいないだろうと彼は推測している。
この習慣により、彼は多くの企業が踏み外している境界線の正しい側に立つことになっている。米国勢調査局のビジネス動向・展望調査(Business Trends and Outlook Survey)によると、2026年初頭までに何らかのビジネス機能でAIを導入していた米国企業はわずか約18%にとどまり、製造業では14%とさらに遅れをとっていた。一見すると、これは単に行動を起こした企業とそうでない企業の競争のように思える。しかしアイエットは、この競争の評価方法が間違っていると考えている。AIを導入した企業の多くは、能力を構築する代わりにツールを購入しただけだと彼は指摘する。「早く動くことと、うまく動くことは同じではない。導入状況の調査ではその違いを判別できないのだ」
アイエットはAIを売っていない。だからこそ創業者たちは彼に対して警戒を解く。「私はAI理論を教えているのではない。人間の判断を中心に据えた実際のワークフローを、チームが出荷できるように教えている」と彼は言う。現在、大半の企業は、このテクノロジーを仕事の中で最も重要性の低い半分に向けて活用してしまっていると彼は主張する。
なぜ誰もがAIを間違った方向に向けているのか?
AIに関するほぼすべての売り込みは、何かを「作成」することに終始している。メールの作成、スライドの下書き、キャンペーンの生成などだ。アイエットの賭けはその逆を行く。最も価値のある使い方は、すでに完成させた仕事にモデルを向け、その仕事を徹底的に分解させることだ。
「誰もが新しいコンテンツの生成ばかりに目を向けている。批評に目を向けている人はほとんどいない」と彼は言う。これを売り込んでいるベンダーは存在しないが、それこそが、この手法がすぐ身近にありながら見落とされている理由だ。ライセンスもダッシュボードも、調達サイクルも必要ない。自身の決算スピーチの原稿、取締役会向けのスライド、資金調達のピッチをモデルに渡し、最も手強い敵対者を演じるよう指示するだけでよいのだ。
自分自身を「レッドチーム」化するとはどういうことか?
彼の世界では、この実践には名前がある。レッドチーミングだ。これから提示しようとしている数字をモデルに渡し、1つだけ指示を与える。会議室の人々がそれをする前に、反対側の論点を主張せよ、と。
財務部門こそ、この手法によって企業の明暗が分かれる場所だと彼は見ている。かつて、取締役会におけるシナリオを主導するのは最高財務責任者(CFO)の役割だった。しかし現在では、出席者の半数が事前に数値を独自のモデルに通し、独自のストーリーを持って会議に臨んでいる。「かつての仕事はストーリーを伝えることだった」とアイエットは言う。「現在の仕事は、彼らが持ってきたストーリーを解きほぐすことであり、そのための追加の時間は議事日程には用意されていない」
一部の財務責任者は、すでにこの現実を踏まえて自らの役割を再構築している。ヒューレット・パッカード・エンタープライズ(HPE)のCFOであるマリー・マイヤーズは、チームが「アルフレッド(Alfred)」と名付けたAIシステムを中心に週次の業績レビューを再構築し、報告サイクルを約40%短縮した。彼女が強調する教訓は、ソフトウェアに関するものではない。「たとえこうしたAI機能をすべて備えていても、実際には人間をプロセスに関与させなければならない」とマイヤーズはFortune誌に語った。彼女は、ツールを盲信するのではなく主体的に運用できるよう、財務チームのリスキリングに1年以上を費やした。
こうした規律を怠った場合の代償は、公のものとなっている。2024年2月、リフト(Lyft)の決算発表で、マージンが500ベーシスポイント拡大すると発表された。しかし、実際の数字は50ベーシスポイントだった。同社の株価は時間外取引で60%以上急騰したが、その後、CFOのエリン・ブルーワーが電話会議で数値を訂正し、わずか数分で20億ドル(約3180億円)以上の時価総額が吹き飛んだ。発表がすでに失敗したと仮定して逆算する「プレモータム(事前検証)」を行うコストは、半日程度だ。しかし、あのエラーによって、財務チームが何年もかけて築き上げてきた信頼が一瞬にして失われた。
「自律型エージェント」の誇大広告にどう勝るのか?
現在、AI分野で最も注目を集めているストーリーは、自分が眠っている間に業務機能全体を自動で実行してくれる「自律型エージェント(autonomous agent)」だ。しかし、アイエットはこれに懐疑的であり、その理由も明確だ。エージェントを使う場合、入力するデータと出力されるアクションはコントロールできるが、その中間のプロセスはコントロールできない。初期段階での1つの誤りが連鎖的に増幅し、監視されないまま稼働する時間が長くなるほど、最終的に確認したときの被害は甚大なものになる。
「18カ月後には、多くの企業が削減したと思っていた監視要員を静かに再雇用することになるだろう」と彼は言う。批評はリスクを反転させる。モデルに行動を委ねるのではなく、問い詰めるために使う。モデルが正しいことを求めているわけではない。
「モデルが正しい必要はない。競合や対抗相手に先んじて、弱点を見つけてくれればそれでいいのだ」
創業者がはじめに取り組むべきことは何か?
ここでの彼の提案は、従来のセールストークとは一線を画す。出遅れていると感じている創業者に対し、彼は「90日間は何も購入するな」とアドバイスする。あらゆるベンダーやコンサルタントが売り込んでいるのは「緊急性」であり、その売り文句は、課題が技術的なギャップにあると信じ込んでいる場合にしか通用しない。
技術的な課題であることは滅多にない。何かを自動化する前に、実際の業務がどのように行われているか、組織図上のきれいな流れではなく、ありのままのプロセスを書き出してみることだ。毎週木曜日に誰かが手作業で修正しているからこそ成り立っているワークフローや、あなた以外の誰も下し方を知らない2つの決断が見つかるはずだ。アイエットは、このように明文化されていない判断の蓄積を「プロセス負債(process debt)」と呼び、「現代版の技術負債」と位置づけている。技術的なギャップは契約書に署名したその日に解消されるが、プロセスのギャップは組織図のスピードでしか解消されない。
筆者は消費財業界で、高い代償を払ってこの教訓を学んだ。何年もの間、私は自社の「需要予測」を会社の資産と呼んでいた。しかし実際には、その予測は2人のベテランアナリストの頭の中と、他の誰にも読めないスプレッドシートの中に存在していた。どの代理店が過小申告しているか、どのプロモーションが過剰反応しているかを10年かけて把握してきた暗黙知だったのだ。それは強みのように思えたが、新しい担当者に引き継ごうとした日、まったく引き継げないことが判明した。それは、資産の服を着た「負債」だったのだ。
これこそが、批評アプローチに秘められた静かな機会だ。自身の仕事にAIを向けることで、これまで言語化したことのなかった判断を明文化せざるを得なくなる。そして明文化することこそが、脆い依存関係を、積み重なる強みへと変えるのだ。
今後2年間で一歩リードする企業は、最も多くのライセンスを保有している企業でも、最も派手なエージェントを使っている企業でもない。次の実際の意思決定から始めてみることだ。意思決定案をモデルに渡し、自分に反論するよう指示し、モデルには見えていない論拠を書き留める。優位性は、AIが何を作ってくれるかにあるのではなく、AIがあなたに何を直視させるかにあるのだ。



