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2026.08.13 16:31

労働力の半分が「人間以外」になったとき、それを管理するのは誰か

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今、多くの大企業は2種類の労働力を抱えている。1つは組織図に明示された、目に見える人間の労働力。もう1つは、データの統合、ワークフローの調整、顧客対応、文書作成などを担うエージェント(AI)で構成された労働力だ。しかし後者を「労働力」として管理している組織はほとんどない。

HRリーダー向け基調講演者であり『The Quiet Reckoning』の著者でもある同僚のダニエル・ストロード氏と筆者は、これまでに50人を超えるCHRO(最高人事責任者)とAIについて対話してきた。多くが同じことを口にした。すなわち、エージェント労働力の明確な所有者が存在しない、ということだ。IT部門はテクノロジーを推進し、オペレーション部門、変革チーム、人事部門は、エージェントが働く職場の設計に関するより広い責任をめぐって様子をうかがっている。しかし、全体を統括する単一の所有者を明確に指名している組織はほとんどない。人間とエージェントを組み合わせた労働力の設計とパフォーマンスについて、誰かが説明責任を負わなければならない。人事部門が最も正当な担い手ではあるが、それは人材管理という従来の枠を大きく超えて成長した場合に限られる。

長年、人事部門は人的資本管理をより戦略的にすることに注力してきた。しかし今、その課題にもう1層加わった。人事部門は人を管理する役割から、人間とエージェントが協働するハイブリッド・システムを編成する役割へと進化しなければならない。次世代のCHROは、人間とデジタルを含む組織全体の総稼働力、そしてその稼働力がどう設計・育成・統治されるかについて、説明責任を負う存在にならなければならない。

人事支援用のAIエージェントを提供するOrbio.Workの共同創業者ナチョ・トラベシとセルジ・バスタルズの両氏は、こう率直に述べた。「今後10年のCHROは、人事責任者というよりCFOに近い存在になる。人間とエージェントを含む組織全体の総稼働力に対して説明責任を負うのだ」

単なる高速化ではなく、仕事そのものを設計する

採用領域は、人事部門の中でも変化が最も早く現れる場のひとつだ。それは採用が最も事務的だからではなく、大量の管理業務の中に、真に人間的な判断が必要な瞬間が組み込まれており、人間とエージェントの緊張関係が最も明瞭に見える領域だからだ。一般的な採用プロセスでは、リクルーターの時間の大半は調整作業、すなわち求人票の作成、履歴書のスクリーニング、面接調整、フィードバックの催促に費やされる。人間としての判断が発揮されるのはごく一部にすぎない。

エージェントはその調整業務の多くを吸収できる。コスタ・コーヒーはAIネイティブな採用プラットフォームを活用し、数百人の候補者を対象としたグループセッションから、応募者一人ひとりとのAI主導の1対1の対話へと移行した。候補者満足度は平均で10点満点中9点にまで上昇した。

しかし、より大きな機会は、既存プロセスを単に自動化することではない。AIを、そもそも仕事をどう設計すべきかを再考する起爆剤として用いることにある。最大の成果を上げている組織は、より深い問いを立てている。真に人間の判断を要する業務は何か。関係性を保つべき部分はどこか。効率が品質を損ないはじめるのはどこか。単に加速するのではなく、そもそも消すべき仕事は何か。

これがマンデート(負うべき責務)の第一の要素だ。ワーク・デザインを恒常的な専門領域として位置づけ、どのタスクをエージェントに移すかを決め、許容できるアウトプット基準を定め、移行の過程で品質が静かに損なわれないよう担保することである。

実務の実行からオーケストレーションへ

ここでマンデートは最も人間的な側面を帯びる。数十年にわたって、キャリアは「実行」を中心に築かれてきた。専門性は実務経験から生まれ、地位は仕組みの熟知から生じた。しかし今、多くのプロフェッショナルは実行からオーケストレーションへの転換を求められている。

オーケストレーターとは、人間とエージェントの能力を組み合わせ、アウトプットを監視し、システムが能力の限界に達したときに介入し、文脈や結果、説明責任がなお人間を必要とする場面で判断を下す存在だ。人々は単に新しいツールを学んでいるのではない。自らの存在意義やプロフェッショナルとしての価値を再定義しているのだ。多くの人にとって、好奇心よりも先に不安が訪れる。ワクワク感は後からやってくる。多くの場合、AIによって何が可能になるかを実際に体験して初めて生まれる。

『The Retention Revolution』(ウォール・ストリート・ジャーナル紙のベストセラー)著者で、人間中心の職場に関する専門家であるエリカ・ケスウィン氏はこう述べる。「従業員が成功するには、時間、構造、そして説明責任が必要だ」。従業員は、このオーケストレーションの役割を担えるよう、意図的に育成される必要がある。その育成こそが、次世代の人事部門が担うべき役割である。

現在、人間は主にエージェントの成果物をレビューし、修正し、介入することで監督している。しかし、その必要性がいつまでも続くわけではない。エージェントが成熟すれば、この監督は縮小し、オーケストレーションそのものすらAIに吸収されていく可能性がある。将来必要となる能力の育成は、今後も人事部門の中核業務であり続ける。これは労働力計画(ワークフォース・プランニング)上の課題だ。人々を1つの再設計された役割に向けて準備するのではなく、その足元で絶えず変化し続ける役割の連続に備えさせることが求められる。

移行の設計とは、破壊的変化が到来する前に、地味な仕事に取り組むことを意味する。役割を再定義し、どのスキルが転用可能でどのスキルを再構築すべきかを整理し、時間と説明責任を伴うリスキリング経路を作り、次の変化がすでに始まったことを知らせるシグナルを設定することだ。

誰も織り込んでいない「育成の負債」

人は判断力の一部を反復から獲得する。何百通もの履歴書を読み、難しい会話を切り抜け、不完全な判断を下し、失敗から立ち直ることによってだ。そうした「単調で骨の折れる仕事」は非効率に見えるかもしれないが、そうではない。人工知能における道徳と知識の公開研究アーカイブ「MKAI.org」の会長リチャード・フォスター=フレッチャー氏はこう強調する。「その下積み仕事は、誰もが認めたがらないほど、育成において大きな比重を占めている可能性がある」

AIは摩擦を容赦なく取り除く。消え去るものの中には無駄な労力もある。だがその中には、組織やキャリアが依拠してきた判断力を育んできた「見習い期間」も含まれている。そのリスクとは、プロフェッショナルとしての「脆弱さ」だ。アウトプットの扱いには慣れているものの、その背景にある仕組みから切り離されたリーダーが生まれてしまう。さらにその下では、より深い変化が起きている。影響は次第に双方向になっている。人間がAIシステムを形作る一方で、そのシステムもまた、それを使う人々の言葉遣いや前提、意思決定のパターンを形作っている。

これはまさに人事部門が担うべき課題である。システムのなかにあえてどのような「負荷」を残すかを、誰かが意図的に決めなければならない。それは、下積み仕事を含む育成経路を守ること、あるいはそれが消滅した場合には代替手段(ジョブローテーション、シミュレーション、監督業務のロールプレイ、実際に利害が発生する本物の意思決定など)を設計することを意味する。そして、認知能力の低下を他のリスクと同様に測定・軽減すべき組織リスクとして扱うこと、判断のパイプラインが枯渇してから何年も後に気づく事態を避けることを意味する。

これは減速の議論ではない。何を取り除くことが許容でき、判断力・レジリエンス・信頼を育むために不可欠な、苦労を伴うどのような責任を残すべきかを、意識的に決定すべきだという議論だ。

真の設計制約は「信頼」

信頼がなければ、これらは一切機能しない。AIは組織内の文化にストレステストをかける。信頼関係が強固な文化では、AIはサポート(支援)と感じられる。しかし、信頼関係が希薄な文化では、それはサーベイランス(監視)と感じられる。より優れたツールであっても、信頼の欠如を解決することはできない。信頼は最初からシステムに設計されている必要がある。

信頼を設計することも、人事部門のもう1つの仕事だ。人事部門は、エージェントがどこで使われているか、何にアクセスし、何を決定できるか、パフォーマンスがどう評価されるか、いつ人間が疑問を呈しあるいは上書きできるか、といった透明性の基準を確立する手助けをするべきだ。従業員は、システムに何ができるかだけでなく、それが自らの業務、機会、評価、自律性にどう影響しうるかも理解する必要がある。

選択のとき

「ヒューマン・リソース(人的資源)」という呼称は、この10年を生き延びないかもしれない。「Chief People and Digital Technology Officer」や「Chief Capacity Officer」といった代替呼称を試している企業もある。だが呼称そのものより、その下にある責務のほうが重要である。その責務を正確に述べよう。IT部門は今後もテクノロジーを担い続ける。各機能部門は自らのパフォーマンスを担い続ける。リスク部門と法務部門はコントロールを担い続ける。人事部門に固有の役割は、労働力システムそのもの、人間とエージェントの運営モデル、そしてそのあらゆるバージョン間の移行を編成することにある。

ただしこれが実現するのは、人事部門が自らを人間の労働力だけの管理者と見なすのをやめ、すでに大企業内で立ち上がりつつあるエージェント労働力の所有権を主張し始めた場合に限られる。次世代のCHROは、組織全体の総稼働力を設計するアーキテクトになりうる。ただし、他の機能部門が所有権を取る前にリードすることを選んだ場合に限る。未来の組織は、間違いなくエージェント労働力を管理することになる。残された問いは、誰がそれをリードするかだけだ。人事部門がこの責務を主張するか、さもなければその責任、そして人事部門の将来的な戦略的重要性の多くは、リードする意思のある機能部門へと移っていくだろう。

forbes.com 原文

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