
『ディスクロージャー・デイ』(情報開示の日)が開示しなかったこと
だからこそ、私が『ディスクロージャー・デイ』に期待していたのは、スピルバーグ作品の巧みに構築された劇的なストーリーを展開しつつ、UFOをめぐる次のすべての疑問に切り込むことだった。
UFOをめぐる疑問:
・宇宙人は自らの存在を人類に知られたくないのなら、なぜこれほど身を隠すのが下手なのか?
・逆に知らせたがっているとすると(これこそが本作の主張だが)、なぜホワイトハウスの芝生に着陸して自らの存在を公表しないのか?
・宇宙人が(本作で描かれているように)超高度なテクノロジーを持っているなら、なぜこれほど頻繁に宇宙船が墜落するのか?
・政府がこれほど何度も接触を重ね、大量の地球外テクノロジーを回収しているとすれば、これに関する(物的証拠のような)実質的な情報漏洩が、70年以上もの間にただの一度も起きていないなどということが果たしてあり得るのか?
・墜落した宇宙船から回収したテクノロジーを(本作が主張するように)リバースエンジニアリングしているのなら、その技術は一体どこにあるのか? 現在世に出回っている技術製品はすべて既知の科学の延長線上にあるものばかりのようだが。
ハリウッド映画の筋書きと現実
これらはすべて、UFO懐疑論者なら誰もが投げかける、使い古された疑問だ。これに対するUFO信者の返答は、まるでハリウッドSF映画のストーリーのように聞こえる。『ディスクロージャー・デイ』がスピルバーグ監督作品である以上、これらの疑問に答える極上のハリウッド映画的ストーリー展開を期待していたのだ。
だが、本作は疑問をあっさりと素通りしてしまう。情報公開(ディスクロージャー)に関するこれらの重大な疑問のすべてを、見事な物語の枠組みの中に組み込んだ、観客の心を掴んで離さないストーリー展開を心から期待していた。だが実際に見せられたものの大半は、次々と繰り広げられる追跡アクションシーンだった。
とはいえ、盛り上がる見せ場もいくつかあった。情報の隠蔽をやめるよう要求するコールマン・ドミンゴのスピーチは情熱的で、胸を打つものだった。エミリー・ブラントが宇宙人の言語で話す場面は、ひどく不気味だった。また、大がかりな情報開示が果たされるラストシーン自体も、少し間が抜けた感はあったとしても、それなりに見応えがあった。
結論としては、全体的な視点から見て『ディスクロージャー・デイ』に「B評価」を与えたい。良質でおもしろい映画だった。けれども私は、UFO現象そのものの場合と同様に、より実質的で内容のあるものをひたすら期待していたのだ。


