進化はなぜファニーボーンを「修正」しなかったのか
一部の解剖学者は、関節の力学を考えると、肘部管が露出することは、ほとんど避けがたいと主張する。一方で、体の他の部位には、可動域の広い関節をまたいで走る神経であっていても、はるかに厚いクッションに守られた箇所が数多く存在することを指摘する意見もある。このことは、尺骨神経の脆弱な状態が、厳密なエンジニアリング上の必然というより、祖先の時代において、神経がたまたまそのように配線された結果であることを示唆している。
どちらの見解においても一致している点は、進化がこれを解消しなかった、より根本的な理由だ。肘へのショックは、驚かされるし不快ではあるが、危険をもたらすことはまずないし、発生頻度も高くないため、実質的に選択圧を生みださない。自然選択は、快適さや優雅さのために最適化することはない。生存率や繁殖率を明らかに低下させる形質のみを淘汰するのだ。単にショックを伴うだけの設計上の欠陥を、あえて消す理由はない。
これは、ヒトの体全般を考える上で有用な視点だ。人体は、最適な性能を発揮するように、新しく一から設計されたものではない。それはむしろ、異なる業者によって改修を繰り返してきた、古い家のようなものだ。それぞれの業者は、前の世代がすでに築いたものに合わせて作業を行なってきたにすぎない。
1977年に学術誌『Science』に発表された画期的な論文において、生物学者フランソワ・ジャコブは、進化を「エンジニアリング」ではなく「ティンカリング(有り合わせの修繕)」にたとえることで、この点を的確に描写した。
すなわち進化は、理想的な解決策を一から設計するのではなく、既存のパーツを新しい用途に合わせて手直しするのだ。あなたの「ファニーボーン」は、その過程で生じた、小さくて無害な置き土産といえる。何億年も前にその場所に配置された神経が、今もなお同じルートをたどり、時折あなたの腕に走るショックを通じて、自らの存在を知らせているのだ。


