教育

2026.08.12 08:17

ヘミングウェイもグリシャムも実践? 文学の裏に潜む「数学」

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文学に潜む「数学」が私たちに突きつけるもの

読者としては、作家というのは白紙のキャンバスと格闘し、思いつくままに言葉を紙に落としていくものだと考えがちだ。だが、そこにはもっと別の何かが働いているのかもしれない。文学という創造的な営みの背後に、数学が潜んでいる可能性があるのだ。

これが、Michael Kelly(マイケル・ケリー)の主張である。彼は「Enlitrics(エンリトリクス)」と名付けた自身の理論についてMediumに記事を発表し、数週間前に開催されたSundAIのミートアップにも参加した。そこでは、多くの専門家がAIに関する幅広いアイデアについて語り合った。

Kellyの説は、控えめに言っても挑発的だ。彼は、優れた文章の核心にあるのは、ある種の言及を数学的な形で配置することで読者を引き込む「アルゴリズム」であり、それがデータドリブンかつ科学的な方法で読者の心を刺激するのだと示唆する。

時間の中で(そして時間の外で)作用する

Kellyが挙げる主要な指標のひとつが「時間への言及」である。彼は、ヘミングウェイやJohn Grisham(ジョン・グリシャム)といった作家たちが「その瞬間」「その後」といった時間を示す表現を多用していることに注目する。

「それぞれが認知のレバーを狙い撃ちにしている」とKellyは書く。「注意、好奇心、没入感——曲のドラムビートのように間隔を置いて配置されている」

ある意味、これは直感的に納得できる話だ。読者は物語の中で出来事がいつ起きているのかを把握したい。しかしKellyが描くのは、ドーパミンの放出が予測可能で一貫している、厳密で定量的な世界像である。

「アイデアにおいてもタイミングは重要だ」と彼は書く。「AIライティングツールが氾濫する現状において、Enlitricsは人間ならではの強みを提供する——自然に感じられる、データに裏打ちされた技巧だ。私は自分の下書きでエンゲージメントが向上するのを見てきた。スリラーから回顧録まで、あらゆるジャンルにスケールさせることを想像してみてほしい」

その裏付けとして、Kellyは著名な作家たちのリストを表にまとめ、彼らの多くが、時の試練を経た成功の指標として彼が挙げるテクニックを実践していることを示している。

人間は依然として創造的である

Kellyが人類の創造的な文学のすべてをアルゴリズムに還元してしまうと思うかもしれないが、心配は無用だ。彼は予測不可能なものにも居場所を残している。

「これはあなたの文章をロボット化するためのルールではない——あくまで任意のギアだ」と彼は書く。「1つの物語に6〜8個を混ぜれば、あの『やめられない』感覚が生まれる」

しかしこれには別の側面もある。Mediumの記事を読みながら、筆者が考えていたことだ。

人間の脳が文学において何を「好む」のかを研究し、発見するのは大いに結構である。だが、私たちの集団的な注意持続時間が短くなり、現代の市民が素早いドーパミン刺激にますます依存するようになるなかで、私たちに挑戦を突きつけ、よりゆっくりと鍛えられた注意を求める文章を称賛することもできるのではないか。

思い出すのは、Victor Hugo(ヴィクトル・ユゴー)のような往年の偉大な作家たちである。彼らは大聖堂の描写に丸々1ページを費やしたり、歴史を何段落にもわたって記述したりした。Kellyが称賛するような、指標に基づく断片を挟むことはなかった。私たちの脳はそれほど「好まない」のかもしれない。だが、適応することもまた課題の一部なのかもしれない。

Zipfは知っている

それでもなお、ここには確固たる決定論の感覚がある。Kellyは、なぜ数学が彼の言葉を借りれば「芸術の敵ではなく、静かな副操縦士」であり得るのかを探求している。

彼は「Zipfの法則」と呼ばれるものを持ち出して、こう書く。

「これは単なるチェリーピッキングされた統計ではない——言語学に根ざしている。EnlitricsはZipfの法則と響き合っている。単語の出現頻度は予測可能な形で低下する(最も頻繁に使われる単語は、2番目に頻繁な単語の2倍の頻度で登場する、といった具合だ)。脳にとっての効率性はこうだ。馴染みのあるリズムは処理を容易にする。私たちのアルゴリズムも同じことをしている——24語ごとの時間への言及は、高頻度語のような『馴染みのあるビート』を作り出す。代名詞は過負荷を与えることなく結束性を高める。認知科学がこう言っているのだ。構造はひらめきを増幅する、と」

筆者はZipfの法則を調べ、Wikipediaで次の説明を見つけた。

「Zipfの法則とは、測定値の集合を降順に並べたとき、n番目の項目の値がしばしばおおよそnに反比例するという経験則である」

実に明快、とは言いがたい。

つまり、リストを下っていくと、「n番目」の位置にある値はおおよそ1/nに等しくなる。

最初の項目が100なら、次は50、その次は25、という具合だ。少なくとも、それが大まかな考え方なのだと思う。文学における時間への言及の配置がこの法則に従うかどうかについては、Kellyが言おうとしているのは、むしろそうしたパターンの精神、すなわち読者の心が追っていける「ドラムビート」を作り出すことなのだろう。

読者の反応

KellyのMediumの記事には、好意的な反応が寄せられた。

「私が読者としての生涯を通じて何度も経験してきたことを、見事に言語化してくれました」とBob Moran(ボブ・モラン)は書き、作家としてこれらのアイデアをどう実践すればよいかのヒントを求めた。「なぜページをめくる手が止まらない本を読むと、時間の感覚を失うのか。実は失っていないことが分かった。どうやら、私の脳が作家の時間へと切り替わっているようだ。物語の中で頻繁に時間への言及がなされることで、私自身が気づかないうちにそのシフトが起きているのだ」

ただ筆者にとって、このアイデアは、データドリブンなシステムに対して人々が抱くさまざまな感情を増幅し、あるいは照らし出すものでもある。どこまでがAIの領分であり、どこからが創造する人間の管轄として残されるのか。

私たちは今、こうしたすべてを解明している最中であり、それにはしばらく時間がかかるだろう。

forbes.com 原文

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