企業は世界の環境変化自体をコントロールすることはできないが、そこから受ける影響の大きさは変えられる━━。企業のリスク管理に20年以上携わってきた、私コントロール・リスクスの日本代表、岡部貴士が地政学を「教養」から「意思決定のツール」へ変える方法を実例とともに読み解いていく連載。
第2回では、経営陣を「確率の議論」から解放し、地政学を経営の武器へと変える、ふたつの軸を提示する。この不確実な時代に、従来の危機管理モデルの枠を超え、経営陣が持つべき真の「行動指針」とは。
考えるべきは、「戦争が起きるかどうか」ではない
ある時、消費財メーカーの役員会で出席者のひとりがこう言った。
「結局、5年以内に台湾有事が起きる確率は何%なんですか」
すると法務、物流、調達などの担当役員がそれについて議論し始めたが、会議は空転。そこで私は、問いそのものを次のように置き換えるよう提案した。
・何が起きたら、出荷を止めるのか
・何日遅れたら、顧客説明を始めるのか
・どの規制文言が出たら、契約レビューに入るのか
・誰の承認で、代替調達に切り替えるのか
その瞬間、会議は未来予測の場ではなく、地政学リスクの変化に応じて事業の停止点と判断軸の切替点を決める場に変わった。
私はこの数年、クライアント企業の役員や担当者から、こうした類の質問を何度も受けてきた。しかし、「御社は台湾有事をどのように定義していますか」と尋ねると、明確な答えが返ってくるケースは意外なほど少ない。
多くの人が思い浮かべるのは、中国と台湾の軍事衝突だろう。だが、企業経営の観点から見れば、有事は軍事行動だけを指すものではない。例えば海底ケーブルの切断や大規模サイバー攻撃、海峡の実質的封鎖、海上保険料の急騰、半導体物流の混乱なども、企業活動に深刻な影響を与える「有事」である。
実際、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻で多くの企業が直接的な影響を受けた要因は、戦闘そのものではなかった。対ロ制裁による決済制約、エネルギー価格高騰、物流網の混乱といった事業環境の変化だった。
企業が考えるべきは、「戦争が起きるかどうか」ではない。自社の事業を成立させている前提条件が、どのように失われうるかだ。その意味で地政学リスクとは、軍事リスクに限定されない、事業環境の前提条件が変化するリスクなのである。
前回、私は地政学を教養ではなく、企業の意思決定を支えるツールへと変えるために、企業がどのような仕組みや組織能力を構築すべきかを本連載で考えていきたい、と書いた。では、そのツールを実際に使うためには、何から手をつければよいのか。最初の一歩が、「有事とは何か」を企業の言葉で定義し直すことだ。



