あなたがウォーレン・バフェットで、ある企業の買収を考えているとしよう。まず気になるのは、その企業に「堀」があるかどうかだ。堀とは、事業のまわりにぐるりと巡らされた深い防御線を指す。競合他社が自社の事業領域に入り込むのを防ぎ、堀を渡って金庫を略奪する機会そのものを与えない。
企業によっては、その堀がブランドである。例を挙げよう。ロレックスは腕時計であり、腕時計は時刻を知らせる道具だ。時刻を正確に知らせるだけなら、優秀な腕時計は20ドル(約3180円)で買える。ロレックスのように、最も安価なモデルでも1万ドル(約159万円)するものを買う必要はない。ロレックスのブランドとマーケティングこそが堀であり、しかもそれは広く、深く、攻略不能だ。
堀が浅くて狭い企業は、攻め込まれやすいだけでなく、評価額もさして高くならない。堀の小さな大企業を思い浮かべようとしても、なかなか出てこない。それはおそらく、そこそこの堀すら持たない企業は大きくなれないからだろう。
携帯通信会社は、堀らしい堀をほとんど持たないと考えられている。もっとも、一般の新規参入者が城壁の下まで攻め寄せて競争を挑むには、その堀は十分すぎるほど大きい。しかし、同業の携帯通信会社や、そこへの出資を検討する投資家から見れば、各社の堀は、高い評価倍率を正当化できるほど堅固にはとても見えない。
では、AIを見てみよう。
AIは実に大きな地殻変動であり、それを牽引しているのは、ただただ驚異的なAIモデルだ。ところが、どのモデルを取ってみても、堀はほとんど存在しないことがわかってきた。多少の資金と、たっぷりのしたたかさと、何人かのAIの専門家がいれば、誰でも他社モデルの一番おいしい部分をコピー&ペーストし、自社のモデルに取り込める。しかも、その怪物を訓練するために元の企業が投じた費用の、ごく一部で済んでしまう。
そのため、AIのフロンティアモデル(frontier model。各社が開発する最先端の大規模AIモデル)は、事実上、堀を持たないように見える。少なくとも、業界と法制度が現状のままであるかぎりは。
「しまった」。多くの人がそう言っている。
だが、ここが肝心なところだ。古い世代のAIでも、利用者が求めることのほとんどはすでにこなせる。最先端のAIは確かに驚くようなことをやってのけるが、大半の人にはそれが必要ではないし、そのために金を払うつもりもない。利用者の98%はバイブコーディング(vibe coding。AIに自然言語で指示してコードを書かせる開発手法)をやりたいとは思っていないし、これからも思わないだろう。とはいえ、それはフロンティアAIが大きく収益化できないとか、広く深い堀を持てないとかいうことではない。



