多くの石油市場関係者と同様、筆者は、史上最大級の供給途絶が発生しているにもかかわらず、原油価格が比較的低い水準にとどまっていることに戸惑いを覚えている。米国のイラン攻撃前は日量2000万バレルの原油がホルムズ海峡を通過していたが、現在はごくわずかな量にまで減少している。この影響は、a)日量700万~800万バレルのパイプライン経由の原油輸出、b)制裁対象のロシア産原油の市場への放出(日量200万バレルを超えることもあった)、c)中国による日量約400万バレルの輸入削減、d)日量300万~400万バレルの需要減少、e)国際エネルギー機関(IEA)加盟国が保有する戦略備蓄からの日量約300万バレルの放出によって部分的に緩和されている。
このように、さまざまな要因のおかげで市場はほぼ均衡状態に保たれてきたが、制裁対象のロシア産原油の供給や中国の輸入削減など、その多くは一時的なものに過ぎない。戦略備蓄からの放出はしばらく継続されるかもしれないが、恐らく数カ月以上は続かないだろう。現在、イエメンの親イラン武装組織フーシ派がホルムズ海峡の代替輸送路である紅海のバブ・エル・マンデブ海峡の封鎖をちらつかせているため、さらに日量500万~600万バレルの原油供給が途絶える可能性もある。原油の一部はスエズ運河を経由し、地中海からアジアに輸送されることになるだろう。当然、大西洋産原油の一部は欧州向けからアジア向けへと切り替えられ、その分をスエズ運河経由の原油が補うことになるが、いずれにせよ、フーシ派は市場に大きな打撃を与えるだろう。
ああ、かつては「セブンシスターズ」と呼ばれた石油大手7社だけで世界の石油市場を均衡させることができた平穏な時代もあった。ところが、1979年の石油危機でその均衡は崩れてしまった。イランからの供給を失った企業が顧客との取引を停止したため、顧客はスポット市場に殺到したが、それもすぐに枯渇した。一方、一部の買い手がリビアなどの国にプレミアム価格を提示したことから、これらの国は既存の石油企業の生産割当を削減。その結果、既存企業は新たな供給源を求めて奔走することになった。
だが、この状況から得られる重要な教訓がある。世界の石油生産量は3カ月後の1979年4月までにほぼ回復し、その時点で原油価格の上昇率はわずか50%にとどまっていた。ところが、原油価格は落ち着くどころか、その後21カ月間にわたって上昇を続け、最終的には3倍に到達した。
これは、イラン革命が波及するのではないかという懸念(実際には波及しなかった)や、イランとイラクが戦争に突入するのではないかという懸念(実際に突入した)から、市場が混乱に陥った結果だ。さらに、石油危機以前は石油輸出国機構(OPEC)加盟国は生産した石油の大半を、操業を担っていた大手石油企業に販売していたのに対し、危機の深刻化に伴い、これらの国々は自ら石油を輸出するようになり、従来の買い手との取引を打ち切った。その結果生じた不確実性が買いだめを招き、在庫が大幅に増加した。



