ドラマの一言に反応する繊細さを、遠くの命にも
私たちは、ドラマのなかの一言に「不適切だ」と反応できる繊細さや感性を、確かに持っている。それは、社会が長い時間をかけて磨いてきた、大切な感覚である。
だとすれば、私たちはその同じ繊細さで、遠くの戦争で殺された子どもたちのことを、どこまで語れているだろうか。語ることができなくても、どれだけ思い致すことができているだろうか。
戦争ほど、不適切で理不尽なものはない。そして、戦争が終わったあとに、殺された子どもたちを忘れることほど、不適切な「日常」もない。
法は、彼らの権利を書き残している。国連は、その数を数えている。国際NGOは、忘れないでほしいと訴え続けている。だが、それらを社会の記憶として保つのは、私たち一人ひとりの、日々の関心の総体であるともいえる。
前編の冒頭に置いた歌の一節を、ここでもう一度思い出したい。
Every child has a beautiful name
ひとつのいのちに、ひとつの名前
遠くの、名前を持っていたはずの子どもたちのことを、私はここに書き残す。(この連載を、そこから始めたい。)


