政治

2026.08.28 10:45

『戦争が終わったあとの法』は無力か。法学者が思う戦争の「不適切さ」

トランプ・ネタニヤフ会談:2026年7月28日、アメリカ合衆国ワシントンD.C.のホワイトハウスにて、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と会談するドナルド・トランプ米国大統領(写真:Ma'ayan Toaf (GPO)/HANDOUT/Anadolu via Getty Images)

第1に、加害者の責任追及である。国際刑事裁判所(ICC)は、戦争犯罪、人道に対する罪、集団殺害罪について、個人の刑事責任を問うために設けられている。学校、病院、避難所への攻撃は、状況によって、戦争犯罪を構成しうる。加えて、国際法上、国家の違法行為に対する責任は、その戦闘行為が終わっただけで消えるわけではない。武器を置いたことと、責任を果たしたことは、法的にはまったく別のことである。

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もっとも、この責任追及の制度は、いまきわめて厳しい試練にさらされている。ICCは近年、ウクライナ侵略を指示したロシアのプーチン大統領や、ガザへの過剰攻撃を命じたイスラエルのネタニヤフ首相らに逮捕状を出している。

これに対して米国のトランプ政権は、2025年2月6日、大統領令によりICCを「米国の主権と国家安全保障・外交政策への異例かつ並外れた脅威」と名指しし、制裁を科す国家非常事態を宣言した。ICC自身の職員への制裁、加盟国への脱退の働きかけ、組織そのものへの制裁の検討。「法の支配のとりで」と呼ばれてきた制度が、いま揺さぶられている。200人以上のイランの子どもたちも、その揺れの外にいるわけではない。責任追及の制度が痩せ細っていけば、彼らの死は、法的にも「問われないまま」に置かれる可能性が高くなる。

第2に、被害者の救済である。国連が2005年に採択した「被害者の権利に関する基本原則」は、賠償を5つの要素で整理している。原状回復、金銭賠償、リハビリテーション、公的な謝罪や真実の明示、そして再発防止の保証、この五つである。子どもたちの場合、失われた命は戻らない。だからこそ、生き残った家族や地域社会に対する、医療・心理・教育の回復、そして「なぜ、あの日、あの場所で、あの子が命を落とさなければならなかったのか」を知る真実へのアクセスが、権利として位置づけられる。

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第3に、記憶と再発防止である。真実委員会や公的な調査、事件の記録、教育のなかへの位置づけ、こうした一連の営みが、次の戦争のなかで別の子どもたちが殺されないための、制度としての防波堤になる。

ここで、一つ、立ち止まってほしい言葉がある。「復興」である。橋が架け直され、学校が建て直され、街の風景が整うと、あの日そこで殺された子どもたちの話は、いつのまにか映像から、報道から消えていく。復興は、明日を作るために必要な営みだ。しかし同時に、復興という言葉は、しばしば加害の輪郭を静かに覆い隠す。責任も、救済も、記憶も、法的には何一つ終わっていない。それどころか、法にとっての本題は、まだここにある。

そして、この「本題」を社会が忘れないためには、もう一つ、決定的な条件がある。誰かが、報じ続けることである。

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文=谷口真由美 編集=石井節子

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