法学者が考える今の人権 不適切にはどう「ほどがある」のか vol.1(前編):『イランで殺された子らの人権 どこへ?──戦争の不適切にはどう「ほどがある」のか 』に続き、後編ではトランプ大統領による国際刑事裁判所(ICC)解体圧力を入り口に、戦後における法の役割、そして隣り合わせた市中には砲火が轟かない「日常」を(今のところ)暮らすわれわれや所属する企業や社会、そしてメディアの宿題にフォーカスする。
ICCは戦争犯罪や反人道の罪などを犯した個人を裁くオランダ・ハーグにある常設の国際裁判所だ。今トランプ政権が、このICCがプーチン大統領やイスラエルのネタニヤフ首相らに逮捕状を出したことに対して廃止を主張している。この解体圧力で「加害者の責任追及」という法の役割が脅かされているといってよいが、法が戦後に果たすべき役割はこれだけではないという。その他の役割とは何か。また、それらは果たして正当に「運用」されているのか。
戦争が終わったあと、法は何をするのか
停戦が発表されると、報道の主語は「国家」に戻る。ニュースは、停戦の条件、外交の駆け引き、復興の見通し、投資機会の話へと移っていく。だが、法の側から見れば、話はまるで逆である。戦争が終わったところから、法の役割は別のフェーズに入り、本格化する。
法が戦後に果たすべき役割は、大きく3つに分かれる。



