時代ごとに革新を重ねながら、世界を代表するブランドへと成長した「ジョニーウォーカー」。その最高峰に君臨するのが「ジョニーウォーカー ブルーラベル」である。そのボトルにはブランドの顔として歩み続ける紳士「ストライディングマン」が描かれていることをご存じだろうか?
多くの映画やドラマでユニークな存在感を放つ井浦 新もまた、ファッションモデルとしてキャリアをスタートさせながら俳優へ転身。ファッションやナチュラルコスメのブランドを設立するなど、その活躍の場を広げながら進化を遂げ、歩み続けてきた“ウォーカー”のひとりである。
そんな井浦が「ジョニーウォーカー ブルーラベル」を飲みたくなる、“自分を誇れる瞬間”とは?
“1万樽に1樽”という奇跡

世界180か国以上で愛飲され、販売量世界No.1と、世界屈指のウイスキーブランドである「ジョニーウォーカー」。その最高峰に君臨するのが「ジョニーウォーカー ブルーラベル」である。この1本に使われるのは、「ジョニーウォーカー」を擁するディアジオ社が管理する約1,100万樽ものストックから、およそ“1万樽に1樽”の割合で熟成の頂点に達した原酒のみ。幾十年もの時を重ねた原酒を見極め、異なる個性をひとつの味わいへと昇華させるという、途方もなく贅沢なものづくりが行われている。
「このウイスキーの価値は希少な原酒をブレンドしているから、というだけではないように思います。200年以上にわたり積み重ねてきた『ジョニーウォーカー』の歴史そのもの、さらには人の手によりつくられることで、一層の魅力を増しているのではないでしょうか」
「ジョニーウォーカー ブルーラベル」のグラスを片手に、そう語るのは俳優・井浦 新だ。ファッションモデルから俳優へ。そしてファッションやナチュラルコスメブランドの企画・開発にも携わる。一方でフォトグラファーとしてカメラを手に日本各地を旅しながら文化や歴史に触れ、近年は鹿児島で自然農にも取り組む……その歩みは多岐にわたるが、自身はそれらを「すべてつながっている1本の道だった」と振り返る。そんな彼が「ジョニーウォーカー ブルーラベル」と対峙したとき、まず心を動かされたのは1本のウイスキーの背景に積み重ねられた時間と、人の手によるものづくり、すなわちクラフトマンシップだった。

「ぼくはものづくりの現場が好きで、(完成した)プロダクト以上に、それを生み出す人の思想や仕事に惹かれます。今、さまざまなテクノロジーの進化でどんどんものづくり自体は簡単になっていて、世界にはさまざまなウイスキーがある一方、こうして長い歴史のなかで受け継がれ、人の手でこだわりぬいたものには痺れてしまう。高価ではあっても、そこに大きな意味と価値がありますね」
自然が育んだ原酒は、樽ごとに香りも味わいも異なり、同じ蒸溜所、同じ年につくられた原酒でさえ、まったく同じ表情になることはない。それでも毎年変わらぬ「ジョニーウォーカー ブルーラベル」の味わいが生み出されるのは、12人から成るブレンダーチームの経験と技術、そして一人ひとりの感性があるからだ。異なる原酒の個性を見極めて完成形へと導く……その在り方は、一見ばらばらに見える経験や出会いを、自分だけの歩みへとつないできた井浦の生き方とも、どこか重なって見える。
「歩みを止めたと思っていても、実は前進していました」

「ぼくはもともと俳優を目指して、この世界に入ったわけではないんです」
ファッションモデルとして活動していた20代、是枝裕和監督の映画『ワンダフルライフ』(1999)への出演をきっかけに俳優の道を歩み始めた。もともと洋服をつくりたいと思っていた井浦が惹かれたのは、演じること以上に、映画というものづくりの現場そのものだったという。
その後、『ピンポン』(2002)や『20世紀少年』(2008~2009)、『そして父になる』(2013)など数々の話題作に出演。俳優として着実にキャリアを重ね、その存在感は国内外で高く評価されるようになった。一方で、自分は本当にこの仕事を続けるべきなのか――そんな迷いに向き合う時期もあったと語る。
「一時、俳優業から距離を置きました。自分では『歩みを止めた』と思っていた数年間もありましたが、時間が止まっていたわけではなかったんです。監督やプロデューサーが『この脚本を読んでみませんか』『こんな作品があるんだけど』と、折に触れて声をかけ続けてくれて。自分では立ち止まっているつもりでも、周りの人たちの記憶や想いのなかにぼくは存在していたんですね。もちろん、自分が一歩踏み出さない限りはなにも始まらないし、その一歩がとても大事ですけれど」
映画で培われた感性が写真へとつながり、旅先で出会った風景がものづくりへ生かされる。経験は自らの内でゆっくりと熟成され、その時々に最もふさわしい形となって表へ現れる。
「使う筋肉や脳はそれぞれ違うんですが。生まれてくるものが(演じる)役だったり、ファッションやコスメのプロダクトだったり……結局、全部自分へと還ってきます。自分が歩いてきた道は、自分では見えないんですよね。誰かに教えてもらって初めて、『ああ、こういう道を歩いてきたんだ』と気づかされます」
歩き続けた末にたどり着く、「自分を誇れる瞬間」

「ジョニーウォーカー ブルーラベル」には“パーフェクトサーブ”と呼ばれる独特の味わい方がある。これはまず、グラスに入れたウイスキーを常温でノージング。次に、よく冷えた水を口に含み、そのまま10秒待ってから飲み込む。冷水であえて舌の味覚を鈍らせたところへ、「ジョニーウォーカー ブルーラベル」をひと口。
「……これはすごいですね。水で温度が下がっていた口へ『ジョニーウォーカー ブルーラベル』が流し込まれ、徐々に体温が戻るにつれ、甘みや、かすかな苦み、豊かな風味が舌のあちこちで感じられます。(常温で味わう)ストレートとまた違って、味わいの広がりが逆回転しているような気分もあるかな」
ウイスキーやラムなど蒸留酒を日々楽しみ、バーに行くのも好きだという井浦だが、ではこの『ジョニーウォーカー ブルーラベル』を味わうのは、どんなシチュエーションだろうか?
「大きな仕事を終えたときや、人生の節目のような、特別なときに味わいたいですね。ひとりででも、大切な友人や仲間たちとでも。お祝い? そうですね。うれしい気分のときはなおさら飲みたくなりますが、僕にとって自分を誇らしく感じられる瞬間というのは、演技の賞をいただいたときとか、そういう晴れやかな機会だけではないんです。むしろ、誰かが昔の作品のことを覚えていてくれて、『あの作品に救われました』『ずっと心に残っています』と声をかけていただいたとき。自分のために始めた表現が、いつしか誰かの記憶や人生の一部になっている。それが、いちばん自分を誇らしく思える瞬間です」
井浦が人生の節目に味わう「ジョニーウォーカー ブルーラベル」は、何かを成し遂げた自分を称えるためだけの一杯ではない。積み重ねてきた時間を静かに振り返り、その歩みが誰かの人生とつながっていたことに気づく、祝福の一杯なのだ。積み重ねた時間を慈しみ、その先の未来へ寄り添う一杯として、「ジョニーウォーカー ブルーラベル」はこれからも歩き続ける人のそばにある。
ディアジオジャパン
https://www.johnniewalker.com/ja-jp
What is Johnnie Walker?
「ジョニーウォーカー」のはじめの一歩は1820年、スコットランド南部の街、キルマーノックの食料品店でしるされた。当時のウイスキーは、樽ごとに品質や味わいが異なるのが当たり前だったが、店主であり、「ジョニーウォーカー」の創業者となったジョン・ウォーカーは、それぞれ異なる個性をもつ原酒をブレンドすることで、いつ飲んでも変わらぬ品質と味わいを実現しようと考えた。のちに、その革新性は息子アレクサンダー・ウォーカー、さらに次の世代へと受け継がれ、搬送に適した四角いボトルや、陳列棚で目立つ斜めに貼られたラベルなど、時代を先取りするイノベーションが次々に生み出された。創業から200年余り、今や「ジョニーウォーカー」は世界180か国以上で愛飲され、販売量世界No.1*のスコッチウイスキーへと成長。その歩みは、ウイスキー業界のみならず、ひとつのブランドのサクセスストーリーとしても世界でも稀有な事例のひとつだと言えるだろう。
※IMPACT DATABANK 2025に基づく販売数量
※ディアジオ ジャパンは2030年に向けて、持続可能な世界を実現する取り組みとして、サステナビリティの推進の他にポジティブ・ドリンキングの啓発を計画しております。その一環として、適正飲酒のサポートや、お酒の知識を学ぶことができるWebサイト「DRINKiQ」を公開中。
※お酒は20歳になってから。飲酒運転は法律で禁止されています。お酒は適量を。妊娠中・授乳期の飲酒はやめましょう。飲んだ後はリサイクル。
いうら・あらた◎1974年生まれ。ファッションモデルを経て、是枝裕和の監督作『ワンダフルライフ』(1998)で映画初主演。若松孝二監督『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』で日本映画プロフェッショナル大賞主演男優賞、ヤン・ヨンヒ監督『かぞくのくに』でブルーリボン賞助演男優賞を受賞。近年の主な出演作に『朝が来る』『福田村事件』『東京カウボーイ』『ラストマイル』などの映画や、ドラマ『アンナチュラル』『おっさんずラブ-リターンズ-』『ゴールデンカムイ -北海道刺青囚人争奪編-』、大河ドラマ『光る君へ』など。2026年7月10日より映画『トロフィー』公開中。2026年度後期 連続テレビ小説『ブラッサム』出演。アパレルブランド「ELNEST CREATIVE ACTIVITY」ディレクター、サステナブル・コスメブランド「Kruhi」のファウンダーを務めるなど、その活動は多岐にわたる。



