生命に対する権利や、子どもの特別な保護は「戦時でも停止しない」
「戦争になれば、すべての人権は停止する」。そう考えている人は、少なくないと思う。実は、これは正確ではない。国際法の設計は、そうならないように組まれている。戦争のなかにあっても、子どもは「例外」ではない。むしろ、戦争のなかでこそ、子どもは「特別な保護」の対象として法的に定められている。この点を、まず押さえておきたい。
戦争の場面で適用される国際法体系は、大きく分けて2つある。
ひとつは、戦争そのもののなかで行為を規律する戦時の国際法、いわゆる国際人道法である。
もうひとつは、平時にも戦時にも、人が人であることに由来し、そのことにより有する権利を守ろうとする国際人権法である。
この2つは対立するのではなく、戦争のなかで重ねて適用される。停止するのは、平時の一部の権利の運用にすぎない。生命に対する権利や、子どもの特別な保護は、停止しない。ここが、いま繰り返し、世界が試されている論点である。
国際人道法の中核は、1949年のジュネーヴ諸条約と、1977年の二つの追加議定書である。とりわけ第四条約は、武力紛争下の文民の保護を定める。
子どもは、この文民保護のなかで、さらに特別な地位を与えられている。赤十字国際委員会(ICRC)が確認しているように慣習国際法のルール135は、「国家の慣行は、このルールを国際的および非国際的な武力紛争の両方に適用される慣習国際法の規範として確立」し、「武力紛争の影響を受ける子どもは、特別の尊重と保護を受ける権利を有する」と、簡潔かつ強く述べている。学校や病院、避難所への攻撃は、状況によって、戦争犯罪を構成しうる。
国際人権法からは、1989年に採択された子どもの権利条約が、この主題を最も明晰に語る。第7条は「名前を持つ権利」を、第38条は「武力紛争下の子どもの保護」を明記している。世界のほぼすべての国が、この条約に加入しており、国連加盟国よりも多い。日本も、そのうちの一つである。2000年の武力紛争における子どもの関与に関する選択議定書は、これをさらに補強する。大変残念ながら、日本はどの国際人権条約の選択議定書も批准していないが、この問題についてはまた別の機会に。
つまり、法的に見れば、話はきわめてはっきりしている。イランで殺された200人以上の子どもたちも、レバノンで殺された91人の子どもたちも、統計に束ねられた12000人も、「戦争のなかで守られるはずの存在」だった。守られなかったのは、法が沈黙していたからではない。法には確かに書かれている。書かれていた法、つまり国際的な約束が、現場で守られなかった。この差が、次の問いを立ち上げる。
>法学者が考える今の人権 不適切にはどう「ほどがある」のか vol.1(後編):『戦争が終わったあとの法』は無力か。法学者が思う戦争の「不適切さ」に続く


