政治

2026.08.27 13:15

イランで殺された子らの人権 どこへ?──戦争の不適切にはどう「ほどがある」のか

2026年4月6日、ホワイトハウスの記者会見室で行われたイランでの戦争に関する記者会見で、銃を撃つ真似をするドナルド・トランプ大統領(写真:Tom Williams/CQ-Roll Call, Inc via Getty Images)

2026年4月6日、ホワイトハウスの記者会見室で行われたイランでの戦争に関する記者会見で、銃を撃つ真似をするドナルド・トランプ大統領(写真:Tom Williams/CQ-Roll Call, Inc via Getty Images)

谷口真由美氏。TBS「サンデーモーニング」のプレゼンターとして人気で、ビジネスと人権研究所の代表理事も務める。ベストセラーとなった著書『おっさんの掟』: 「大阪のおばちゃん」が見た日本ラグビー協会「失敗の本質」』(小学館新書)のほか、『日本国憲法 大阪おばちゃん語訳』でも知られる国際人権法、ジェンダー法、コンプライアンスやハラスメントを専門領域とする法学者である。

本連載「法学者が考える今の人権 不適切にはどう『ほどがある』のか」は日本と世界のニュースを「人権」の視点から読み解く時評コラムシリーズ。読者諸氏の今日の意思決定と発信のためのフレーム提示を目指すものである。

第1回(前・後編)は戦争と人権と法をテーマに、谷口氏が戦争をめぐる不条理の構造を解説。自身の日常を生きながらわれわれはどうニュースに対すべきか、そして同時代人としてそれらの「不条理」から課された宿題とはなにか。谷口氏とともに考える。


「Every child has a beautiful name」

2025年の初夏、イスラエルとアメリカによるイランへの攻撃で、多くの子どもたちが命を落とした。停戦や復興が語られはじめると、報道の主語は「国家」に戻る。その復興が語られている最中の2026年2月28日、より大規模な攻撃が再び始まり、初日の朝、南部ミナブの小学校では168人の児童が空爆で殺された。殺された子どもたちは帰ってこない。

当たり前のことだが、子どもたちには、一人ひとり、名前があった。国際人権法・国際人道法の視点から、戦争が終わったあとの子どもたちに、そして次の戦争のなかで殺されつつある子どもたちに、法は、メディアは、そして日本の企業や大学や、私たち読者は、いったい何をなしうるのかを、(法学者の)言葉で腑に落とすところから、連載を始めたい。

先日、18歳になる息子が、カラオケでゴダイゴの『ビューティフル・ネーム』を歌っていた。1979年、私が幼い頃にヒットした曲だ。国際児童年にちなんで作られた歌だと、あとで知った。「Every child has a beautiful name ひとつのいのちに ひとつの名前」。ハッとして、しばらく画面を見ていた。

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文=谷口真由美 編集=石井節子

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