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2026.08.27 16:00

界は、温泉文化の“料理人”。開業直前!密着取材で見えたブランドの手触り

星野リゾートが全国に展開する温泉旅館ブランド「界」。「王道なのに、あたらしい。」をコンセプトに土地の文化を汲み上げ、独自の意匠やおもてなしに落とし込んでいく。

2026年7月、広島・宮島に25施設目となる「界 宮島」が誕生した。「温泉旅館とは、本来その土地の文化が集う場所」。そう語るのは、界 宮島の総支配人を務める、界ブランド一筋16年、岡本昌裕だ。旅のスタイルは旅行者自身が選ぶ時代、界は旅行者に何をもたらすブランドと言えるか。開業直前、岡本の1日に密着し、その手つきを追った。


サブブランドの輪郭を炙り出す!
連載企画「the LOCAL LEGENDS」

星野リゾートのブランドを語れるのは、代表の星野佳路氏だけではない。各地に展開するサブブランドを背負うスタッフこそが、ブランドの姿をもっとも雄弁に物語るのではないか。本連載では、ブランドの価値観を理解し、その旗印を背負って現場に根を張る人物——ローカルに散らばるブランドの語り部「レジェンズ」たちに取材。各ブランドのエッセンスを抽出したい。

界パートは、開業前の総支配人の1日に密着取材。

やや厚めの雲が広がる梅雨空に覆われた7月8日の昼過ぎ、界 宮島のバックヤード。まだ建材の香りが漂う更衣室に、制服に身を包んだ界 宮島の総支配人、岡本昌裕の姿があった。

「今日は正社員スタッフ総勢72人が初めて揃う日なんです」

岡本はとくに慌てるでもなく、襟元を正す。同月23日のグランドオープンまで、あと2週間あまり。この日はフロントや石風呂、12階の湯上がり処など館内各所でチームごとの研修が一斉に行われる日とあって、表情はやや硬い。

身支度を整えてレセプションに立ち寄った岡本は、チェックイン業務の研修中だったスタッフらの様子を伺う。笑顔が漏れるが、顔をこわばらせる様子を察知するや、岡本は会話に入っていく。

「お待たせしてしまうときがあっても、慌てないで大丈夫。『申し訳ございません』と目を見てお客様にお伝えしましょう」。ただし、1時間は待たせないようにとユーモアを添え、場を和ませることを岡本は忘れなかった。

フロントを後にした岡本は別チームのミーティングの様子を伺う。界が蓄積してきた顧客データがあることなど、会社の事情もメンバーにシェアしていく。
フロントを後にした岡本は別チームのミーティングの様子を伺う。界が蓄積してきた顧客データがあることなど、会社の事情もメンバーにシェアしていく。

星野リゾートが2011年に立ち上げた温泉旅館ブランド「界」は、この夏で全国25施設に広がった。

掲げるのは「王道なのに、あたらしい。」というテーマ。温泉旅館の伝統的な趣を保ちながら、現代の心地よさを追求する。その土地の季節と旬を映す会席、そして地域の伝統文化や工芸を無料で体験できる「ご当地楽」、地域の文化や工芸に触れながら過ごす客室「ご当地部屋」を、どの施設も備える。

広島県は、星野リゾートにとって初進出の土地。嚴島神社の大鳥居を望むこの場所に界 宮島は「見晴らしの湯で、いつくしみの凪逗留」をコンセプトに、開業を迎える。

観光地への赴き方を「ご当地楽」で変える

最上階の12階にある、見晴らしの湯の湯上がり処では、スタッフたちの唄声が響いていた。この日は午前11時から、装束を着ての初の通し稽古。岡本が駆けつけたころには、2組目の通し稽古が終盤だった。

「今日の段階では、まだ5割ぐらいの完成度でしょうか。開業後は楽しみにしていてください」

ご当地楽のチームをまとめる界 宮島サービススタッフの高木沙都が、岡本を見つめながらそう話す。

稽古を見守る高木。装束を初めて纏っての稽古とあって、真剣な面持ちでスタッフを見守る。
稽古を見守る高木。装束を初めて纏っての稽古とあって、真剣な面持ちでスタッフを見守る。

界 宮島のご当地楽「白拍子の舞『嚴島物語』」——毎晩上演される20分ほどのこのプログラムは、平安末期に生まれ、室町の頃には姿を消したとされる幻の芸能「白拍子」を題材とする。

平清盛が嚴島神社を再建した「落慶の宴」から始まり、宴のあとに見る夢の中で850年後——つまり現代の景色を映し出す。目覚めると「850年後も変わらない神社が今もある」ということに気づくといった内容だ。指導するのは、能楽写真家であり白拍子研究所を主宰する上杉遥。乏しい史料と能の型から、一度失われた舞をもう一度蘇らせた人物だ。

ほかの界でみられるような激しい「演舞」とは異なり、動きのない静かな舞いが見どころ。したがって、立ち振る舞いや所作が動きのなかでごまかせない。

装束がうつくしく映える立ち姿ができているか、声のトーンは適切か。両腕を前に曲げる角度が違うと「お盆を持つ姿勢とは違うんですよ」と、上杉からは指摘が飛ぶ。見守るスタッフらも釘付けで、高木の目線は時に鋭い。

通し稽古が終わると、誰よりも大きな拍手を鳴らして岡本は労をねぎらった。上杉によれば、「すでに踊り手の個性が見えている。これからそれぞれの『白拍子の舞』に育っていくはず」との評だ。岡本の表情も和らぐ。

「ご当地楽」は、界ブランドを特徴づけるプログラムでもある。高木が注ぐ思いもひとしおだ。

上杉とは昨秋に顔を合わせた。白拍子という言葉すら知らない状態から始まり、上杉のもとを訪ねたその翌日には、脚本の原型を一気に書き上げた。初版の脚本は30分をゆうに越しており、そこからの削り込みには8カ月かかった。動きの少ない静かな舞いである。何を語らず、何をゲストの感覚に委ねるかの取捨選択に骨を折った。

舞の振り付けを覚えたのはその後のこと。高木自身も振りを覚えたのは6月になってから。「5月、6月の密度は相当濃かったなという気がします」と笑いながら振り返る。

 高木は宮城県出身。前任地は界 秋保だ。台本を書き上げた夜は高揚感から一睡もできなかったという。
高木は宮城県出身。前任地は界 秋保だ。台本を書き上げた夜は高揚感から一睡もできなかったという。

「今の宮島って、食べ歩きをして、綺麗な写真を撮って帰る、通過するような観光が多いと思います。綺麗に見える嚴島神社にも、知られざる過去がある。この舞を見た人が、明日目覚めた時に見る宮島が、少しでも違った見え方で、より愛おしく、趣深く思ってもらえたら本望です」

宮島が見える大窓からは、嚴島神社の大鳥居が見下ろせる。

岡本によれば、この大鳥居は、実は海底に固定されていないとのこと。主柱は歴史の中で幾度かの建替えを重ねながらも、大自然と共に850年間存在し続けていると“宮島の生き字引”に聞いたのだそうだ。

動かさない型と、更新され続ける部分。一度失われた芸能を史料と型から再構成した白拍子の舞とも重なって見える。「王道」と「あたらしさ」を同時にかなえようとする、ある意味では「界らしい舞」。

湯上がり処を後にするとき、岡本は「時を忘れるように過ごしてほしいですね」と口にした。850年前と現代とをひとまたぎするこの20分間で、まさにその感覚に浸れるのかもしれない。

界 宮島のコア、保存会の思いを背負う「石風呂」

界の施設に外すことのできない「温泉」。温泉郷に多くの施設を構える界は、ご当地の温泉文化を取り入れることも特徴である。

界 宮島でも自家源泉の見晴らしの湯を構えるが、地元の温泉文化をより象徴していると言えるのが「石風呂」だ。

鎌倉時代にルーツがあると言われ、天然の石窟などの密閉された岩穴の中で火を焚いて熱し、水気を与えることで蒸気浴や熱気浴をする、いわば「瀬戸内にある古式サウナ」。界施設で初実装の設備で、岡本にとってもこの石風呂は特別な場所だった。

「施設の中は全部大事なんですけど、敢えていうならここが一番大事だと思っていて。『界』というブランドの温泉旅館という文脈で言っても、瀬戸内の温泉文化を表現するコアな場所。骨太の魅力になっていくエリアなんです」

エントランスを出て左、大鳥居を眺めながら海沿いの通路を進むと石風呂が現れる。併設された小屋に入り風呂の入口までいくと、石風呂担当の二井翔がこの日新しく合流したスタッフたちに説明を始めていた。

界 宮島の目玉となる「石風呂」。瀬戸内海一体は温泉は湧出するものの源泉温度が低かったために、独自の蒸し風呂文化が発展したとも言われる。山側と海側で、温め方や室内での香りの楽しみ方などが異なるのだとか。半被に身を包んでいるのが二井。
界 宮島の目玉となる「石風呂」。瀬戸内海一体は温泉は湧出するものの源泉温度が低かったために、独自の蒸し風呂文化が発展したとも言われる。山側と海側で、温め方や室内での香りの楽しみ方などが異なるのだとか。半被に身を包んでいるのが二井。

「ハイハイをして入ってください」。入り口の高さは86cmほど。頭をぶつけないような誘導が必要だとの説明にスタッフたちもうなずく。

二井によれば、瀬戸内沿岸にはかつて80カ所ほどの石風呂があったとされるが、今ではその姿を見ることはほとんどない。二井自身、界 宮島のある広島県廿日市市出身でありながら、石風呂の存在を全く知らずに育ったのだそうだ。

地元の人間すら知らない文化を、地元の人にも遠方から訪れるゲストにも届けなくてはならない。二井は前任地の界 出雲に勤めるころから石風呂を調べ始めた。

ある時には、岡本と連れ立って、山口県にある地元保存会が主催する石風呂の体験会に早朝に出かけたこともあった。

到着すると、地域の保存会の面々がすでに火を焚き始め、消防服を着て室のなかの灰をかき出していた。焚いた直後でもっとも熱い一番風呂は、誰よりも先にどうぞと譲られた。すっかり石風呂に魅了された二井はその後なんども山口に足を運び、地元保存会とも親交を深めていった。「一番風呂には、ロマンがあるんです」と二井は笑う。

「瀬戸内の石風呂」と言われるように

安全面や温泉旅館での体験とあって、界 宮島の石風呂は、石壁のなかで温水を巡らせてそれで石に熱を与える、いわば「現代版の石風呂」ではある。

海側に存在していた当時の石風呂では、木を燃やして中を温めた後、天日干しで乾燥させた海草のアマモを海水でたっぷり湿らせて敷き詰め、それによって蒸気を発生させていた。

界 宮島でも当時の石風呂のような再現ができないかと試みたが、このアマモ、高度経済成長期の沿岸開発などで激減、磯焼けの要因となってしまうなど全国で保全活動が盛んな海藻だ。

それでもなお、アマモにこだわるのか。岡本と二井は当時そのままの再現は難しいと判断。別の仕方で瀬戸内らしさを出そうと、室のなかで波の音を流してみたり香りを炊いたりすることも検討したが、演出過剰に感じられ、うまくマッチしない。

なんとかして実際の石風呂により近い形にできないかと着目したのが「だんらん」。併設の休憩スペースは“だんらん処”。もともと“休憩処”の名前で決まりかけていたのを、保存会にいる女性陣に相談したところ「いやいや、だんらんだよ」とすぐさま言い返されたのが命名の由来だ。保存会の面々も、石風呂に入るために定期的に集まり、憩うことそのものを楽しみにしていた。

石風呂の本懐は「入浴後のだんらんだ」と、二井は岡本と口を揃える。ゲストには石風呂の体験後にだんらん処で特製のジェラートが振る舞われる。海を眺めながら語らいの一時を楽しむ時間は、ずっとある石風呂の楽しみ方そのものだ。

「保存会の皆さんの思いも背負っている感覚があります。石風呂のリラックスとしての側面はもちろん大切にしますが、そこに『文化体験』を載せたい。最初は『初めて知る』というところから始まって、だんだん愛着が湧いてきて、『入ってよかったな』という感覚になっていただけたら」(二井)

ほかスタッフへの研修をひと段落させた二井に、岡本はこう声をかける。

「今は、現代的な石風呂でも、あと1年後には『瀬戸内の石風呂』と言われるまでになっていたいな」。

地域の文化を自ら体験し、かつ体験へと落とし込めるか。岡本の一言は瀬戸内らしさの追求は、開業後も続けていこうという呼びかけだった。

二井(左)が廿日市市で過ごしたのは小学校6年まで。両親の都合で都内に引っ越してからというもの、出身地で働くことは二井の悲願だったという。
二井(左)が廿日市市で過ごしたのは小学校6年まで。両親の都合で都内に引っ越してからというもの、出身地で働くことは二井の悲願だったという。

界一筋16年。イメージは「料理人」

岡本が星野リゾートに入ったのは2010年、35歳のとき。それまではホテル・旅館業とは無縁の、コンサルタントという仕事をしていた。

入社のきっかけは自身が顧客に提案する際に使っていた手元の資料映像。それが、星野リゾートを取り扱った映像だったのだ。界 伊東がオープンする時の現場で、代表 星野佳路がスタッフとの議論の途中で「あとは彼らに任せて」と立ち去る場面が収められていた。現場主導の組織改革をとこの映像をもとに企業に入り込んでいっていたが、次第に岡本自身が引き込まれた。

界 玉造でのキャリアをスタートし、界 熱海、界 アンジン、界 伊東、そして界 玉造への再着任。その過程で複数のリニューアルを経験してきた。

界 伊東でのリニューアルは印象に残る。床の間の色味ひとつとっても、ゲストの快適さや温泉旅館でのくつろぎを考えた「自分たちが良いと思っている色味」と、専門知見を持つデザイナーの提案とで意見が分かれた。界 玉造時代には、地元の藍染作家を起用した客室づくりを経験。作家や職人、地元の担い手のことを誰よりもよく知り、理解し、地域から信頼される側に立つことの必要性を実感した。

これらの過程を経て、岡本は界を作り込む行為を「料理人に近いイメージ」と捉えていく。

「材料や目的が同じでも、作り手によってできるものが全然違う。地域の食材を提供するのは温泉旅館の『王道』だけど、今までにはないものや、土地の文化とひも付ける調理法を模索して、ひとつの『あたらしさ』を生み出していく。この視点、料理だけでなく客室、温泉の楽しみ方、サービスも含めて、すべて関わってくると思っています」

界 宮島の客室でインタビューに応じる岡本。
界 宮島の客室でインタビューに応じる岡本。

「私たちが地域一番のロイヤルカスタマーになるべき」

一方で、星野リゾートの展開ブランドは軒並み地域性を重要視する。施設が根を張るエリアや地域を知っているというのは基本性格とも言えそうだ。

しかし、界は「温泉旅館は元からそういう性質があるものである」というのが岡本の見立てだ。

「もともとある老舗の温泉旅館に、その土地の焼き物がギャラリーに展示してあったり、地元出身の画家さんの絵や写真家の写真が飾ってあったりしますよね。お土産も基本的には地元のもの。そもそも、温泉旅館は多くの人の目に触れるような、地域文化の情報発信の場だったと考えます」

温泉旅館は、もともと地域文化を集め、発信するメディアのような場所だった。であるならば、現代的な温泉旅館ブランドである界は、どんな視点に立つべきか。岡本は「地域文化の再発見」だと続ける。

滞在提案は、地元の文化や風習と共につくりこんでいく。だからこそ岡本は、「私たちが地域一番のロイヤルカスタマーになるべき」だと言い切る。界 宮島では、瀬戸内エリアで採石される「庵治石(あじいし)」を使う庵治ガラス、広島県福山市を中心とする備後地域の名産である福山デニム、広島県大竹市で400年以上続く伝統的な手すき和紙「大竹和紙」が部屋を彩っている。

新たな「界」の幕開け

翌朝、界 宮島にスタッフの姿はなかった。設備工事に立ち会うため、出社していたのは岡本ひとりだけ。前日の72人の熱気が嘘のように、館内は静まり返っている。

岡本は玄関先で、箒を手に取っていた。開業後も続けるつもりだという、ただの掃き掃除。誰に見せるためでもない、日課である。

岡本が昨日つぶやいた「時を忘れること」。タイパ・コスパが価値基準の上位となる現代では、すぐさま時を忘れることは難しい。そこで、時間をかけなくてはわからない「いつくしむ」感覚を手繰り寄せてみるところから始めてはどうか。時をわすれるような滞在の価値を味わってみてはどうかと、界 宮島はそう語りかける。

玄関前で岡本はふと手を止め、視線を海の方向へと向けた。凪いだ海は薄曇りの空を受けてなお明るく、嚴島神社の大鳥居が、2週間後に訪れる賑わいを、ただ静かに待っているようだった。

この日の朝、中国四国地方は梅雨明けが報じられた。

おかもと・まさひろ◎島根県松江市出身。コンサルタントを経て2010年、35歳で星野リゾートに入社。界 玉造を皮切りに、界 熱海、界 アンジン、界 伊東などを経験し、界一筋16年。趣味は温泉巡り。入社後に温泉の魅力に目覚めたという。2026年2月、界 宮島総支配人に就任。


界 宮島
世界遺産「嚴島神社」を望み、静かな瀬戸内海が目の前に広がる温泉宿。館内は全館畳敷きのため、素足で過ごせる快適さ、凪(な)いだ海を眺めながら温泉に癒されるひとときを提供。瀬戸内海ビューの大浴場や客室、瀬戸内で古くから親しまれてきた古式サウナ「石風呂」を現代に継承し、瀬戸内が育んできた奥深い温泉文化を体験できる。


星野リゾートが全国に展開する温泉旅館。「王道なのに、あたらしい。」をテーマに、その地域の伝統文化や工芸を体験する「ご当地楽」や、地域の文化に触れる客室「ご当地部屋」などを通じて、その地の「温泉文化」が楽しめるのが特徴。2026年は、界 草津、界 宮島、界 松本、界 蔵王の4施設が一気にオープン。その後も続々と新たな施設が開業し、2030年までに約30カ所を展開予定。

Promoted by 星野リゾート | text by Asahi Ezure | photographs by Yuta Fukitsuka