星野リゾートが展開するラグジュアリーリゾートブランド、星のや。土地の風土や歴史、文化を現代の感性で表現し、「その瞬間の特等席へ。」をコンセプトに据える。要となるのは施設の独創性だ。ゲストを圧倒的な非日常へと誘うために、ブランドをどう設計し、表現するのか。沖縄を舞台に、星のやを読み解く。
サブブランドの輪郭を炙り出す!
連載企画「the LOCAL LEGENDS」
星野リゾートのブランドを語れるのは、代表の星野佳路氏だけではない。各地に展開するサブブランドを背負うスタッフこそが、ブランドの姿をもっとも雄弁に物語るのではないか。本連載では、ブランドの価値観を理解し、その旗印を背負って現場に根を張る人物——ローカルに散らばるブランドの語り部「レジェンズ」たちに取材。各ブランドのエッセンスを抽出したい。
星のやパートでは、星のや沖縄で活躍する2人のレジェンズ、「コンサートミストレス」と「指揮者」にフォーカスする。
星のやは、オーケストラに似ている。
オーケストラでは、作曲家が生み出した楽譜をもとに、指揮者がその解釈と表現の方向性を示す。コンサートマスター/ミストレスは奏者の先頭に立ち、指揮者のビジョンを演奏へと落とし込む。いくら腕の立つ奏者を集めようと、指揮者とコンサートマスター/ミストレスが機能しなければ、楽団は烏合の衆でしかない。
星のやにとっての「楽譜」とは、施設ごとに設定されたコンセプトだ。それを解釈し、施設のあるべき姿を示しながら現場を束ねる「指揮者」が総支配人。そして現場スタッフの先頭に立ち、指揮者のビジョンを日々のホスピタリティへと体現させていく「コンサートマスター/ミストレス」を担うのがユニットディレクターといえる。
演奏に、唯一の正解はない。同じ楽譜であっても指揮者によって表現は異なり、奏者一人ひとりの個性によって音色は変わる。星のやもまた、一団となってコンセプトを「星のやならではのもてなし」へと落とし込み、ゲストに提示しなければならない。
さて、舞台を琉球王朝の記憶を今に伝える沖縄へと移す。「グスクの居館に滞在する(※)」をコンセプトに掲げる星のや沖縄は、「その瞬間の特等席」をどのように演出しているのか。
※ グスクは石塁や土塁などを巡らした「城」を意味する沖縄の言葉。生活の痕跡を示す陶磁器や獣魚骨が大量に出土しており、さらに現在まで残る村落の拝所(御嶽)として聖域となっているものも多い。城塞、防御集落、聖域といった説もある。(出典:沖縄県ホームページ「グスク時代」より)
魅力を伝える使命を果たすための「稽古」
星のやを語りうるレジェンズのひとり、サービスチームユニットディレクターの松原未來は、星のや沖縄の「魅力づくり」を牽引する人物だ。星野リゾートでは、その地で暮らすスタッフが気づいた地域の価値をチームで磨き、ゲストに向けたコンテンツに昇華する「魅力づくり」を行う。
松原は「星のや竹富島」「星のや富士」「星のや沖縄」と、自らの希望で星のやの開業に携わってきた。星のや竹富島への配属で沖縄と出会い、内地にはない伝統行事や食文化に魅了された彼女は、2019年に再び沖縄へと戻り、星のや沖縄で日々ゲストと向き合う。
地域の文化の本質をとらえ、ゲストに伝えるのは、星のやの使命。だから松原は、地元のおじいと海に潜ってもずくをとったり、地元の市場で見知らぬ食材を試したり、文献を漁るために地元図書館の閉架書庫にまでいったりして、沖縄の文化を探求し続けてきた。開業時、サービスとして昇華させたい琉球文化のテーマをリスト化しただけで45個にもなっていたという。
「魅力づくりには完成がないので、面白いと思ったことと自分の発想を掛け合わせて、次々に新たなコンテンツを生み出せる楽しさがあります。現地の皆さんと遜色ないレベルで語れるくらいに沖縄の文化を理解して、その魅力をお客様に届けたいと思っています」
沖縄の旧暦、それに紐づいた伝統や風習。今や沖縄出身者以上に琉球王朝時代の文化に明るくなった松原は、最近では“コンミス”としての役割に邁進する。
そのひとつが「コンセプト道場」の主宰だ。スタッフの知識や考え方を一定水準まで引き上げ、目線をそろえることを狙い、前半では沖縄に関する座学を、後半ではチームごとに魅力づくりのワークショップを行う。対象は、星のや沖縄の全スタッフ。いわば基礎力やホスピタリティといった“魅力づくり力”を鍛える稽古。楽団全体で奏で方の認識を合わせていくのだ。
「体験やコンテンツの造成を通じてお客様に楽しんでいただくのはもちろん、沖縄の伝統芸能や技術の継承に貢献したい思いもあります。私たちのプログラムが伝統文化を披露したり工芸品を使ったりする機会になれば、地域と星のや沖縄が影響を与え合い、発展する循環が作れるかもしれません。その意味でも、星のやが魅力づくりをすることに意義があると考えています」
松原が手掛けたプログラムの一つに「沖縄ブルーゾーン滞在」がある。ブルーゾーンとは、健康で長寿の人々が数多く居住する世界に5つしかない特別な地域を指し、その一つが沖縄である。プログラムは3泊4日。三線の演奏を聴きながら浜辺で晩酌したり、庭巡りをしたりしながら沖縄の伝統とライフスタイルを通じて、この地に根付く長寿の本質を学ぶ。
コンテンツのひとつ、料理づくり体験は、実際に琉球料理を調理して自身の昼食をつくるワークショップだ。講師は沖縄で生まれ育ち、琉球料理伝承人として活動する伊是名加江(いぜな・かえ)。星のや沖縄との付き合いは創業当初からで、琉球料理をはじめ沖縄の食文化に関するアドバイスをしてきた。
「星のやの皆さんには志があります。ただ料理の手法を学ぶだけでなく、その背景にある文化まで理解しようとしてくださる。それをお客様に伝えていただけるのはもちろん、皆さんが沖縄に愛を持ってお仕事をされているのが感じられて、それがとってもうれしい」
例えば、琉球料理は出汁の使い方に特徴がある。海藻やきのこなど、出汁の元となる素材をたっぷり入れたり、ソーキやテビチといった骨付き肉から出る骨の旨味を生かしたり。「旨味の配合が上手で、だから食べると元気が出る」と伊是名は調理をしながら解説し、「琉球王国時代に中国や欧米の影響を受けたことで独自の食文化が生まれた」と、その背景を参加者に伝える。
こうしたプログラムが成り立つのは、「星のやに盤石な土台があってこそ」と伊是名は強調する。
「健康に関する企画は一度限りで終わってしまうものも多いのですが、星のやさんの場合は土台がしっかりしています。時代に合わせてプログラムの内容が変わったとしても、星のやさんの根幹はぐらつかない。それがわかるから私もやりがいを持って仕事ができています」
ゲストの潜在的なインサイトに応える、星のやの「楽譜」
伊是名がいう土台——それが星のやにおける「楽譜」、すなわちコンセプトだろう。
その楽譜は時に10年以上の時を費やし、熟考と推敲を重ねながら描き上げられる。楽譜を書き上げる“作曲家”は、建築家やランドスケープデザイナーたちやマーケティングチームだ。
星のやマーケティング・ユニットディレクターの酒井美乃里によれば、コンセプトづくりは、まず大枠のテーマ決めから始まる。
星のや沖縄の「グスクウォール」のように地域特性をそのまま生かすケースや、2026年6月開業「星のや奈良監獄」のように重要文化財「旧奈良監獄」を起点とするケースなど方向性は施設により異なる。この時点で建築家やランドスケープデザイナーを巻き込み、建物などハードの設計と合わせて独創性が議論されていくことに、サブブランドのなかでも唯一性があるという。
コンセプトは、地域の歴史や文化、競合施設との差別化、伝えたいメッセージなど、リサーチと議論を重ねながら、言語化によって研ぎ澄まされていく。目指すのは、ゲストの顕在化しているニーズというより、潜在的なインサイトに応えられるブランド。星のやの出発点には「こういうおもてなしをしたい」という理想があると、酒井は明かす。
「星のや沖縄であれば『島の手習い』という琉球空手を習えるプログラムがあります。施設内の道場で空手をしたいと思って来る方はほぼいらっしゃいません。だけど、『空手は沖縄発祥なんですよ』というところから興味を持っていただき、星のや沖縄ならではの楽しみ方をしていただきたい。そうすると『意外と楽しかった』というお客様の発見につながる。その積み重ねが星のやをつくり上げているように思います」
ベースにあるのは、マーケットインではなく、プロダクトアウトの発想だ。
だから「正直な話、集客が簡単ではないブランド」と酒井は苦笑してみせるが、ゲストがまだ気づいていない価値は曖昧模糊としている。捉え難く見失いやすいからこそ、作曲家たちが緻密に作った楽譜が、星のやの現場を「その施設らしさ」へと導いていく。
全体を見つめる、星のやの指揮者
幾度も推敲を重ねたコンセプトは、後に指揮者やコンサートマスター/ミストレスへと託されていく。運営にどう落とし込み、ゲストに表現するのか。コンセプトの表現方法の決定権は現場に委ねられる。問われるのは、スタッフ一人一人の手腕だ。
「スタッフの沖縄の文化理解度が高まると、『星のやにしかないコンテンツ』をスタッフが自ら提供できるようになります。そこは星のや沖縄としてより強化しようと、力を入れている点ですね。新入やベテランに関係なく、誰もが同じ熱量と知識量でお客さまに琉球文化の深みを伝えられる体制を目指し、最近では沖縄出身者の採用も強化しています。『うちのおじい、おばあはこう言っていた』という身近な伝承や生活の知恵が新しい魅力づくりのヒントになったり、お客さまとの会話につながったりしていますね」
こう語るのは、総支配人の廣瀬真人。
松原をはじめ現場のアイデアを施設運営に落とし込み、星のや沖縄全体を見守る指揮者の役割を担う。指揮者の統率のもとにありながらも、奏者一人ひとりが自らの解釈で音色に彩りを加えていく。星のやが目指すのは、譜面をなぞるだけの演奏ではなく、そんな自由度を伴う調和なのだろう。
リゾナーレ小浜島、星野リゾート トマム、星のやバリを歴任した廣瀬は、「星のやは地域文化を土地の精神やルーツまで紐解き、独創的な体験価値を創ることが求められるブランドだ」という。魅力づくりの会議でも、コンテンツと地域文化の整合性に関する追求は多い。
例えば、ある時廣瀬は空港から施設へのヘリコプター送迎をしてはどうかと提案した。「沖縄のラグジュアリーリゾートとして、渋滞に巻き込まれない交通手段を持つべき」との発想からだったが、会議の場で松原からは「ただ送迎するだけでは星のやでのコンテンツにならない」と指摘を受けた。
「私のアイデアに『星のや沖縄らしさ』の色を付けるのが松原ですね。ヘリコプター送迎であれば、例えば上空からのグスク案内を送迎に組み込むなど、ただの交通手段ではない、コンセプチュアルで星のやらしいヘリの使い方が必要になる。どういった形態にするのかは現在は模索中です。彼女は沖縄の文化理解度が相当高いですから、信頼しています」
競合他社との比較や業務改善など、施設全体の運営をクールに考える廣瀬のアイデアに、魅力づくりに情熱を注ぐ松原が表情を加える。
反対に、松原のこだわりが強くなりすぎたときは、廣瀬が冷静なストッパーとなる。指揮者とコンサートマスター/ミストレスの関係は、一方が譜面通りに指示し、他方がそれに従うだけの単純な上下関係ではない。互いの解釈をぶつけ合い、時に譲り合いながら、ひとつの演奏を練り上げる。廣瀬と松原の間に築かれた信頼の形だ。
お互いのタイプが異なれば衝突も生まれそうなものだが、それはない。なぜならば、目指す先は「グスクの居館に滞在する」というコンセプトだから。施設運営において一体何が正解かかは言葉にこそできないが、お互いに感覚として理解している。
世の中を見渡せば、外資系企業の参入が加速し、世界的に体験型の旅が人気を集め、各社が土地の歴史や文化に着目したコンテンツづくりに力を入れ始めた。「星のやでしか体験できない」魅力づくりが鍵を握ると、廣瀬は冷静に現状を見つめる。
勝負すべきは「時間的な豊かさ」
「星のやでしかできない体験」の作り込みを象徴する例が、琉球時代からの伝統織物「芭蕉布」をまとうプログラム「涼風を装う芭蕉布サロン」だ。
国指定の重要無形文化財でもある芭蕉布を通じて琉球文化を伝えたいという松原の想いから始まったが、企画を持ちかけた際、職人からは「芭蕉布を伝える覚悟」を問われたという。
他にはない特別な体験に仕上げなければならないと、職人と二人三脚で伝えたい想いをプログラムに練り込んでいった結果、価格は当初1組100万円に達した。なかなか予約にはつながらず、こだわりや伝えたいストーリーを損なわぬよう配慮しながら、少しずつゲストの手に届きやすい内容へと調整を重ね、現在の「涼風を装う芭蕉布サロン」の形に至っている。
一筋縄ではいかない魅力づくりを支えるのは、職人やパートナーとの信頼関係と、星のやとしての使命感だ。
「涼風を装う芭蕉布サロン」であれば、職人のもとへ足繁く通う中で培った関係性が「うまくいかないからやめる」という選択肢を消した。そして、地域文化の本質を削ぐことなく伝えながら、ラグジュアリーな「星のやの体験」として昇華させる——廣瀬は「勝負すべきは時間的な豊かさだと思っています」と言い切る。
「例えば、宿泊棟のヴィラは海に極めて近い低層の造りになっており、潮の満ち引きや太陽の傾きといった自然の変化を五感で味わうことができます。沖縄では実際に、旧暦に沿った生活が今でも営まれており、人々は自然の移り変わりを敏感に感じ取って暮らしています。ゲストのみなさまにも、こうした時間的な変化を感じることが『豊かさ』の一例であり、星のやが目指す『その瞬間の特等席へ』というコンセプトを体感するシーンのひとつです。ラグジュアリーリゾートとして部屋の設備やアメニティといった物質的な豊かさも高めていきますが、沖縄特有の旧暦文化を滞在に上手に織り込んで体験いただくことで、お客様が時間的な豊かさに気づくきっかけづくりをしているのです」
「同じ特等席」は存在するか
備品の選定ひとつとっても、ゲストの使用シーンを想像しながら「なぜこれなのか」を徹底的に考える星のやには、なんとなく存在するものはなにもない。
折に触れて「星のやらしさとは?」「ここでしかできない滞在とは?」と問い、コンセプトに立ち戻る星のや。松原と廣瀬のふたりのレジェンズによると、星のやは実は“押しが強い”ラグジュアリーを提供するブランドともいえる。
空手道場の話がそうであったように、最初は求められていなかったはずの体験が、いつしかゲストにとってかけがえのない記憶に変わる。こだわりの強さと世界観を楽しんでほしいと願うある種のエゴは、ゲストのニーズや関心とゆるやかにつながり、星のやの世界観をつくる。
だからこそ、現場で実践を重ねる中で導き出されるコンセプトと魅力のフィット感、ブランドらしさの感覚を、言葉にし続ける。つまり「星のやはどうあるべきか」は、考え続けるべき命題となっている。近年は、総支配人や主力メンバーを中心に、星のやのブランドを形成する統一性とはなにかといった議論も盛んだという。
コンセプトの表現は無数にあり、星のやもその時々で在り方を変える。そうであるなら、星のやでは同じ滞在は二度と味わえない。
言い換えると、いつどの瞬間も特等席になり得る。独創性を語り続けようとするブランドだからこそ、逆説的に、ゲストは型にハマってもよければハマらなくてもよく、自分だけの特等席を見つける自由を手にできるのかもしれない。
松原はこうも言っていた。
「道を歩いているだけでも、ふと視線をやった瞬間が記憶に残る風景になるかもしれない。その瞬間が、特等席になる可能性がある。ある時期ならではの音が聞こえてきたり、香りがしたり。お客様自身で特等席にしていただけるようなポテンシャルを、きちんと用意していたい」
偉大な作曲家が生み出した楽曲が何百年という時を超え、その時々で指揮者やオーケストラがその解釈や表現手法を追求し続けるように。その瞬間ごとに異なる音色を響かせながら、星のやは、誰かにとっての特等席を奏で続けている。
ひろせ・まさと◎茨城県出身。バーテンダー勤務を経て2012年に星野リゾートへ中途入社。リゾナーレ小浜島、星野リゾートトマムサービスチームUD、星のやバリ総支配人を歴任し、2020年よりオペレーションマネジメントグループで星のや/リゾナーレ担当ユニットディレクターを務めた後、2022年12月より星のや沖縄総支配人に就任。
まつばら・みく◎広島県出身。地元の高校卒業後、都内の大学で教育学を専攻し教員免許を取得したが、観光業に興味を持ち2011年に星野リゾート入社。星のや竹富島、星のや富士を経て、2019年星のや沖縄の開業メンバーとなる。以降はサービスチームユニットディレクターとして地域と繋がりながら魅力創造を進めている。



