チップ1枚につきモデルは1つ、変更なら再製造に2カ月
重みデータをシリコンにエッチングすることには、明白な代償が伴う。1枚のチップは永久にただ1つのモデルしか動かせない。モデルを変えるには部分的な再設計と再製造が必要で、ほぼ完成したウエハーの金属2層だけを作り替えるTaalas流の近道を使っても、TSMCでの工程に約2カ月を要する。最先端モデルの更新周期はそれより速い。この賭けが成立するのは、モデルが安定し、利用量が多く、固定するだけの価値がある場合に限られる。
このトレードオフこそ、今回の買収劇を経てもなお、推論市場の主導権争いの構図に変化がない理由でもある。エヌビディアは2025年12月、同社史上最大規模となる約200億ドル(約3兆1400億円)でGroq(グロック)の資産と技術を取得した。それはまさに、すでに誰もが開発基盤としているプラットフォームに、トークン生成特化型ハードウェアを取り込むためだ。
推論の主戦場はエコシステムと導入済みソフトウェアの層にあり、単一モデルに縛られたチップはそのどちらの土俵でも戦えない。Taalasのアプローチが証明しているのは、より限定的でありながらも、非常に興味深い事実だ。それは、推論が抱えるメモリーのボトルネックは、重力のように逃れられないものではなく、汎用チップ(汎用GPU)という設計の代償にすぎない。設計の代償なら、別の設計を選べば取り除けるということだ。
DRAM契約価格は9割上昇、HBMは2026年分が完売
市場は現在、このボトルネックが永続するかのような価格形成を行っている。汎用DRAMの契約価格は2026年1〜3月期に前四半期比で約90%上昇した。HBMは2026年分が事実上完売しており、026年のHBM市場は546億ドル(約8兆5700億円)に達すると予測されている。HBM供給の半分以上を支配するSKハイニックスは、時価総額が1兆ドル(約157兆円)を超え、8月7日には381億ドル(約5兆9800億円)規模の新しいファブ(半導体製造工場)の建設を発表した。一般的な投資家にとって、メモリー関連の取引は「AI需要によって今後何年にもわたりメモリーの希少価値が続く」という1つの前提に基づいている。
しかし、その前提は各方面からの協調的な攻撃にさらされているといえる。Taalasは重みを保持するメモリーを推論から丸ごと取り除く。エヌビディアのソフトウェア部門は、展開されたモデルが触れるメモリー量そのものを縮めるため、モデルの圧縮と量子化を進めている。
サムスンとSKハイニックスも、メモリー消費を減らす技術に投資
メモリーメーカー各社もまた、その前提を覆そうと動いている。8月4日から6日に開催されたFMSカンファレンスでサムスンが発表したzHBMは、アクセラレーターの上にメモリーを直接積層することで、実効帯域幅を大きく高める。SKハイニックスとサンディスクは8月3日、現在HBMが担う仕事を安価なNANDに振り向ける広帯域フラッシュ(HBF)の標準規格について、初公開した。業界の主要プレイヤーは一様に、市場が今後も不足し続けると想定しているメモリーの必要量を減らすための、それぞれ異なるアプローチに資金を投じている。
これらが次の四半期にすぐ影響を及ぼすわけではない。これほど深い品不足が解消するには何年もかかり、メモリー供給企業が当面握る価格決定力は本物だ。焦点となるのはその持続期間であり、希少性に依存した企業価値の評価は、まさにこの持続期間にかかっている。
AMDが買い取ったのは、今回のサイクルを特徴づける不足部品に触れることなく推論を実行できるという存在証明であり、同社はその証明を、依然としてGPUとHBMを搭載したラックの内部に組み込んで販売していくことになる。現在のメモリー経済をAIインフラ建設の恒久的な特徴とみなす投資家は、正反対の結論を目指して拡大を続ける大がかりなエンジニアリングの取り組みに、逆張りしていることになる。
メモリーは常にサイクルを伴うビジネスであった。今日の高値を支払う人々のカネこそが、次の値崩れを準備する投資の原資になっている。


