SimpleClosureの創業者、ニムロッド・ラムとドリ・ヨナ。
シャナ・ジョンソンが、自身がCEOを務めていた文字起こし・字幕作成会社「cielo24」を清算しようとしていたとき、思いがけない資産を発見した。それは、長年の業務やコラボレーションを通じて蓄積されたデジタル上の「燃え殻」、すなわち「オペレーショナル・エグゾースト(業務上の排気物)」だった。
会社を清算するため、彼女は企業の解散・清算手続きを専門に支援するスタートアップ、SimpleClosureと提携した。SimpleClosureは、給与や税金の処理、投資家の同意書の取り付け、IRS(内国歳入庁)への書類提出など、通常の廃業手続きをサポートした。そして、創業者向けの手引書には誰も書いていない段階がやってきた。cielo24が13年間にわたって残したデジタルの足跡、すなわちSlackでの冗談から、Jiraのすべてのチケット、社内の勝利や不満を記録したメール、従業員の数テラバイト規模のGoogle Driveに眠る資料に至るまでを、次世代AIの学習データとして売却するのだ。cielo24はこの取引で「数十万ドル」を得た。ジョンソンによれば、この金額のおかげで「請求書をどう払えばいいかわからない」という状態から、「きれいにリボンをかけて締めくくり、立ち去れる」状態へと移れたという。
「会社を閉じることについては、まだ少し感傷的です」と彼女はForbesに語った。「でも、私たちのデータが役立ち、生き続けて他の人たちを助けられるかもしれないと思うと、なんだかクールですね」
これは、厳しい現実に対する見事な幕引きだ。会社は存続しなかったが、その業務の痕跡は残った。そして2026年、その痕跡は本物の金銭的価値を持つようになっている。ジョンソンによるデータの売却は、孤立したエグジット戦略ではない。AI軍拡競争における新たなフロンティアなのだ。
「モデル開発企業は、モデルを正確にテストするためには、実世界環境におけるノイズが必要であることに気づき始めている」
AI研究所は当初、Redditのスレッド、Wikipediaの項目、デジタル化された書籍など、公開されているインターネット上のデータを使ってモデルのトレーニングを始めた。しかし、OpenAIの元チーフサイエンティストであるイリヤ・サツケバーによれば、2024年末までに彼らはそのすべてを使い果たしてしまったという。さらに言えば、そうしたデータは、実際に業務を遂行できる「自律型(エージェンティック)」AIの構築にはあまり役に立たない。しかし、cielo24のような廃業した企業の日常業務の中で作成された、人の手による成果物はどうだろうか。それはAIエージェントにとっての一種の「化石燃料」となる。職場においてAIに実用的な能力を持たせようとするならば、実際に業務を行うプロセスがどのようなものかを示す具体例が、大量に必要になるのだ。
「モデル開発企業は、モデルを正確にテストするためには実世界環境のノイズが必要であると気づき始めている」とアリ・アンサリは指摘する。彼の経営するmicro1は、AI研究所向けに「Roots」という製品を販売している。これは、AIエージェントが金融サービスや複雑なカレンダー管理などのタスクでスキルを磨くための、模擬的な持株会社環境だ。
古い書類をめぐるゴールドラッシュ
職場データの需要はSimpleClosureにとって追い風となっており、同社のCEOであるドリ・ヨナは、AI企業からの問い合わせの多さは「狂気じみている」と語る。
「実世界のデータを手に入れようとする企業たちの間には、ゴールドラッシュのような熱気がある」と彼は語った。
需要に応えるべく、SimpleClosureは「Asset Hub」を立ち上げる。これは廃業する企業が、コード、Slackアーカイブ、メールなどの在庫を売却できる場だ。Asset Hubの一部機能はまだベータ版だとヨナは述べる。SimpleClosureは社内データからすべての個人識別情報を除去しており、これは繊細で技術的にも難しいプロセスであるため、より広範に展開する前に「盤石」であることを確認したいという。
ヨナによれば、SimpleClosureは過去1年間で、消滅した企業に代わって100件近い取引を処理した。創業者たちのために100万ドル(約1億5800万円)以上を回収しており、通常は1社あたり1万ドル(約158万円)から10万ドル(約1580万円)を支払っている。
競合のSunsetも同様の価格帯で廃業企業のデータを買い取っている。CEOのブレンダン・マホニーはForbesに対し、価格は企業の規模、設立からの年数、そして「データの豊かさ」によって決まると語った。「データの豊かさ」とは、データ内部の追跡可能性や、プラットフォーム間の結びつきの度合いを示す指標である。特定のコードコミットに紐づいたJiraチケットは、単独のドキュメントより価値が高いとマホニーは言う。医療や金融など特定の業界ではプレミアムがつくとも付け加えた。
「それは一般的なデータではない。特定可能な人々のデータだ」
こうしたサルベージをビジネス機会と見る人がいる一方で、プライバシー上の懸念と見る人もいる。Center for AI and Digital Policyの創設者、マーク・ローテンバーグは、たとえ従業員が業務資料に対する知的財産権を放棄する契約を結んでいたとしても、雇用主が社内コミュニケーションを第三者に売却してよいかどうかの問題は解決されないと指摘する。特に、従業員が自分のSlackメッセージがこのように再利用されるとは想定していない可能性が高い場合はなおさらだ。
「ここでのプライバシー問題はかなり重大だと思う」とローテンバーグは語った。「従業員のプライバシーは依然として重要な懸念事項である。特に、人々がSlackのような新しい社内メッセージングツールにこれほど依存するようになっているからだ……それは一般的なデータではない。特定可能な人々のデータだ」
ローテンバーグの組織は火曜日、上院商業委員会に書簡を送り、個人データ保護のための安全策に関する懸念を挙げて、FTC(連邦取引委員会)に新たなAIビジネス慣行を精査するよう求めた。
こうした素材を購入する企業はいずれも匿名化を重視していると述べているが、データ業界のベテランは、そのプロセスは決して単純ではないと指摘する。キャリア全体にわたる仕事に結びついた個人識別情報に、「オン・オフのスイッチ」は存在しない。
「匿名化が正しく行われなければ、データにアクセスできる企業が個々の組織や人々の活動を見られるようになるリスクがある。そして慎重に扱われなければ、それがモデルの出力に漏れ出す可能性もある」と、Protegeのボビー・サミュエルズは語った。同社は、実世界データを取り巻く複雑な規制・法的環境への対応を専門としている。
匿名化に加え、個人のチャットがAIモデルによって「そのまま再現」される可能性もある。OpenAIやGoogleを含む機関による2020年の研究では、大規模言語モデルが学習データの一部を意図せず一言一句記憶してしまう可能性があり、適切なプロンプトによって抽出され得ることが示された。
情報提供はこちら: Anna Tong宛て atong@forbes.com、またはSignalで(650)468-3913。
強化学習「ジム」
こうした実世界における企業データへの需要は、「強化学習ジム(RL gym)」という新たな産業を活性化させている。これは、廃業した企業のデータを使用してシミュレーション環境を構築し、AIエージェントが実際の職場を模した環境で練習を積めるようにすることを専門とする分野だ。大きな収益源になりつつある。ニュースサイト「The Information」の報道によると、Anthropicは今年、いわゆる「RLジム」に10億ドル(約1580億円)を投じることを検討しているという。この分野にはすでに約50社の新興スタートアップが存在しており、Mercorやmicro1のように、主に人間に報酬を支払って学習データを生成させることで収益を得ているデータアノテーション企業も、このゲームに参入し始めている。一部のRLジム系スタートアップはすでに巨額の評価額を誇っている。事情に詳しい関係者によれば、Prime Intellectの評価額は現在10億ドル(約1580億円)を超えており、Fleetは7億5000万ドル(約1190億円)の評価額での資金調達に向けて協議中であるとThe Informationが報じている。Prime Intellectはコメント要請に応じなかった。
AfterQueryという企業は、「Big Tech World」「Finance World」「Tax World」といった名称の既製の「仮想世界」シリーズをAI研究所向けに販売している。そこでは、AIエージェントがデジタルオフィス内での操作や、シミュレートされたユーザーエージェントとの対話、実世界の課題解決などを練習できる。
あるタスクの一例は、中間管理職の雑用のようなものだ。エージェントは「ボブ」という名前の同僚の誕生日会を計画するよう指示される。しかし、AIエージェントの知らないところで、別の同僚も同じ計画を立てている。さらに悪いことに、AIエージェントはボブの誕生日がいつだったかを忘れてしまっている。タスクを成功させるためには、他の従業員にメッセージを送り、ちょっとした調査を行い、さらに他のメンバーとチャットをして、協調して計画を進めるか、あるいは当初の計画を断念するかを決定しなければならない。
そう考えると、あなたがSlackで無駄に過ごしていたと思っていた時間が、実はこれまでの仕事の中で最も長く残る成果だったのかもしれない。もっとも、あなたのデータを学習しすぎてしまったAIモデルが、あなたが「ボブの誕生日を忘れた同僚」であったことを、次世代のオフィスワーカーたちにうっかり暴露してしまわなければの話だが。
(この記事は、ラシ・シュリヴァスタヴァが共同取材した)



