ここには自律性の側面もある。モチベーション研究において最も堅牢なフレームワークの一つである「自己決定理論」によれば、人の行動の質は、それが義務感からではなく、自ら選択したものと感じられるかどうかに大きく左右される。義理や義務感だけで参加している人は、体はそこにあっても、意識(集中力)は向いていない。不参加を正直に伝える方が、結果として相手に対する敬意を示す選択肢になることも多い。とはいえ、ドタキャンされた相手がそうポジティブに理解してくれるケースは稀だが。
習慣2:物事を途中でやめても、あまり罪悪感を抱かない
2つ目の習慣は、世間話や日常会話の場では弁護するのが難しい。誰かが新しい言語、新しい楽器、副業、原稿に取り組み始める。そして半ばあたりでやめる。危機があったわけではない。知りたかったことを学び、次へ進んだだけである。
世間一般の常識では、これを「自制心の欠如」と呼ぶ。実際にそうである場合もある。しかし、認知科学者はそこに別のメカニズムが働いていると説明する。それは「探索と活用のトレードオフ(explore-exploit tradeoff)」、すなわち、すでに知っている選択肢をさらに掘り下げるべきか、それともより良い選択肢を探しに行くべきかを常に計算している状態だ。
「探索」にはコストがかかり、周囲からは集中力を欠いているように見える。しかし、それこそがシステムに新しい情報を取り入れる唯一の方法でもある。好奇心の旺盛な人は、より幅広い選択肢に目を向ける傾向がある。研究者はこれを「認知欲求(need for cognition)」の強さと呼んでいる。これは、『Journal of Personality and Social Psychology』誌に掲載された1982年の研究で初めて定義された特性であり、頭を使う思考プロセスを心から楽しむ傾向を指す。この探索には代償が伴う。探索する領域が広がれば広がるほど、未完成のまま放置されるものが増えるのだ。


