これまでのキャリアを通じて、私が最も魅了されてきたのは「人間の行動」だ。人事という仕事のおかげで、人々が人生の絶頂期やどん底にいる瞬間に立ち会う機会を得てきた。第一印象を良くしようとする採用候補者を面接し、困難な対話に臨むリーダーを指導し、個人的な危機に直面している従業員をサポートし、何年も秘められてきた話に耳を傾けてきた。そうした経験を重ねる中で、ある一つの観察が何度も頭をもたげてきた。私たちは、他者に関する「ストーリー」を驚くほど素早く作り上げてしまう、ということだ。
従業員が遅刻すると、彼らにはやる気がないと思い込む。会議中に同僚から発言を遮られると、相手は無礼だと決めつける。採用面接で候補者が質問の回答に窮すると、自信のなさを疑う。ある行動を目にしてからわずか数秒のうちに、私たちの脳は、知り得るはずもない詳細な情報を補完してしまうのだ。
そうした瞬間について考えれば考えるほど、私たちの思い込みは必ずしも批判から生まれるわけではないのだと思うようになった。それは多くの場合、その方が「効率的」だから生まれるのである。
行動の背後には必ず理由がある
他者を理解することは骨が折れる。それには時間、注意力、好奇心、そして時には感情的なエネルギーさえも投資する必要がある。これらはどれも、ますます希少になっているものばかりだ。真に理解するとは、立ち止まり、さらに質問を重ね、もう少し長く耳を傾け、第一印象がすべてを物語っているわけではないと受け入れることを意味する。一方で、思い込みを抱くことには、ほとんどコストがかからない。私たちがこれほど頻繁に思い込みをしてしまう理由は、おそらくそこにあるのだろう。
腕時計という、身近なものを例に考えてみよう。誰かが2万5000ドル(約396万円)の腕時計を身につけていれば、私たちは即座にその人物について「派手好きに違いない」「ステータスを求めているのだろう」「他人に良く思われたいのだ」といった思い込みを作り上げる。しかし、その購入は、実際には個人的な節目、亡くなった親への追悼、あるいは何年もかけて達成した目標のささやかな祝いを意味しているのかもしれない。目に見える行動は「時計を身につけていること」であり、思い込みは私たちの脳が作り上げたものだが、本当の動機は、その時計を身につけている本人以外の誰にも見えないのだ。
職場にいる人々も同じである。私たちは表面的な行動(時計を買う、遅刻する、黙っている)を観察し、その人の性格についての思い込み、つまり物語を組み立てる。そして、その根底にある要因を完全に見落としてしまう。思い込みは期待を形づくり、期待は行動に影響を与える。やがて、そうした思い込みは自己成就的なものになる。相手を理解する前に、私たちのリードの仕方を変えてしまうからである。
この気づきによって、私が自分に問いかける質問は変わった。「なぜこの従業員はやる気がないのか」と考える代わりに、「私はまだ何を理解できていないのだろう」と自問するようになった。目の前に見えている行動を形作ってきた経験は何なのか、と好奇心を持つようになったのだ。それは、あらゆる行動が容認されるという意味ではないし、責任を免除するものでもない。単に、行動の背景にある理由を理解することが、それに効果的に対処するための第一歩となることが多い、と認めているだけである。
本当のストーリーを知るには信頼が不可欠
すべての決断、反応、そして他者との関わりは、その人の経験、価値観、恐れ、野心、そして動機に影響されている。そして、相手が自らそれを共有しようと選択しない限り、私たちがそのストーリーに触れる機会はめったにない。信頼がこれほど素晴らしい贈り物である理由は、そこにあるのかもしれない。誰かが「少し話してもいいですか」と言うとき、その人は単に情報を共有しているのではない。あなたの「理解しようとする姿勢」を信頼しているのだ。
人間として、私たちの最初の本能は、耳にしたことに対して説明したり、比較したり、解決策を出したり、時には評価したりすることかもしれない。しかし、目の前に座っているその人は、何も変わっていないということを忘れてはならない。5分前と全く同じ人物だ。唯一違うのは、あなたがその人について今、より深く理解しているということである。この視点は、リーダーシップに対する私の考え方を根本的に変えた。
毎朝ドアをくぐる従業員は皆、取り戻せないもの——自分の人生の一部——を投じることを選択している。参加するあらゆる会議、対応するあらゆる顧客、解決するあらゆる課題は、二度と戻らない時間を意味する。従業員が組織に自らの人生の一部を投じてくれるのなら、リーダーもまた同じくらい意味のあるものを返すべきだと私は考える。それは、自分が導く相手を心から理解しようとする努力だ。
プロフェッショナルであれ個人的なものであれ、人間関係の質は、その背後にいる人物をどれだけ真剣に理解しようとするかによって形作られる、と私は信じるようになった。これは急いでできることではない。ただそこにいること、好奇心、そして自分の思い込みを真実として受け入れる前に問い直そうとする意志が求められる。結局のところ、誰かについて物語を作り上げるのは簡単だ。その物語の背後にいる人物を理解すること——そこにこそ、本当の仕事がある。



