〜決断する人のAI〜「人」という競争力──ボトムアップのAX【三井不動産×PwC】
「人」という競争力
──ボトムアップのAX

/ ビジネス

2026年8月28日

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〜決断する人のAI〜「人」という競争力──ボトムアップのAX【三井不動産×PwC】

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多様な事業が交差する組織において、人とAIはどのように共存し、価値を最大化できるのか――。2026年4月、三井不動産はDX本部内にAI戦略室を新設。さらに、85の事業部門から約150名のAI推進リーダーを選出し(2025年12月時点)、現場主導のAXを加速させている。三井不動産 DX本部長 宇都宮幹子、AI戦略室室長 山根隆行、そしてPwCコンサルティング パートナー 南出修が、AI戦略と変革のプロセスについて語り合う。

「個」を生かすAI、現場から始まるAX

――まず、三井不動産が進めるAX推進の現状と、その土台にある組織風土についてお聞かせください。

宇都宮 幹子(以下、宇都宮):当社は古くから、ボトムアップで仕事をする文化が根づいた会社です。担当者が自分で課題を見つけ、不動産開発や事業開発についてアイデアをもち、下から上げていく。上から方針を示すだけでは動かない。一人ひとりが意義を見出してはじめて、主体的に動き出すという組織です。ビジネスの推進力として有効なカルチャーは、これまで進めてきたITによる業務改革では弱点でもありました。「効率化のために業務を標準化しましょう」と言っても、「個」を尊重する文化が強いため、業務標準化を前提とした改革は進みにくい側面がありました。

AIの導入により時間とコストをかけて業務を標準化せずとも、AI活用の第一段階として、社員が個々の業務効率を上げることができています。
もっとも、キャリアを積んだ人ほど自分の成功体験がある。それでも、AIを活用したユースケースを示していくうちに、「これは自分の仕事にも生かせるかもしれない」と気づく社員が増え、現場発のアイデアが次々と生まれるようになりました。

山根 隆行(以下、山根):その風土を前提に、AI戦略室は「全社横断」と「現場主導」という2つの視点で動いています。全社的なAI戦略の策定、ガバナンス、共通基盤の整備を担いながら、各事業部門やグループ会社で起きているAI変革を吸い上げ、形式知化して横へ展開していく。同時に、AI戦略室のメンバー自身が現場に入り込み、その課題を別の角度からとらえ直す。リフレーミングを重ねながら、「この課題はAIでこう変えられる」という発想を、現場と一緒につくっています。変革は現場の主体的な気づきがなければ進みません。ボトムアップの会社だからこそ、外せない動き方だと考えています。

とはいえ、戦略室メンバーだけで全社の現場すべてに入り込むには限界があります。そこで、取り組みを各現場へとスケールさせる役割を担ってもらうのが、AI推進リーダーです。三井不動産本体の85部門すべてから最低一人ずつ、計150人を選出してもらいました。当初はとにかくハードルを下げ、「AIの知識はなくてかまわない」と伝えました。そのうえで、誰を出すかは各部門の判断に委ねました。各部が「この人なら最も推進できる」と選ぶ——そこまで含めて現場主導で行っています。

宇都宮:この呼び名にも、実はかなり気を配りました。当初は「アンバサダー」と命名していたのですが、それでは特別な仕事に見えるのではないかと思い、「リーダー」に改めたのです。「自分にもできる」と思ってもらえるかどうかで、手の挙がり方は大きく変わりますから。

いざ蓋を開けてみると、「若手中心になるだろう」という予想は外れ、役職者を含め、シニア層も多く手を挙げてくれました。注目度の高さに加え、リスキルも兼ねて「やってみたい」という意欲が強かったのだと思います。リーダーは半年で一度入れ替わっており、今は2期目に入っています。2期目からは、AIに熱意のある人へと自然にバトンがつながっています。

南出 修(以下、南出):さまざまな企業のAX推進を支援してきた立場から見ても、これは珍しいケースだと感じます。85部門から一斉に手が挙がり、半年でもう2期目に入っている。多くの企業は、AXを主導する部署がいくら旗を振っても現場に熱量が伝わらない、という悩みを抱えています。

現場が「自分ごと」として動くかどうかが、成否を分けるのは間違いありません。私自身も、PwCコンサルティング社内で各部門からリーダーを立て、本部主導の取り組みと現場をつなぐ役割を担っていますが、これだけの熱量が全社に広がっている例は、他社でもそうそう耳にしません。

山根:私たちが解決したい課題は、つねに現場で起きていることです。最前線でビジネスに向き合う社員にとって、AIがどれだけ助けになるか。だからこそ、現場を中心にとらえる以外の選択肢はないと考えています。

現場への広げ方には、大きく3つのステップからなる明確な道筋を描いています。
ステップ1は「導入」期です。メールの作成や文書の要約など、汎用的な大規模言語モデル(LLM)を使って、個人の業務を効率化する。社内の生成AIの利用率は、現在は8割を超え、ステップ1はある程度やりきれたと考えています。

ステップ2は「拡張」期です。社内固有の情報や、人の頭のなかにある暗黙知をAIに与え、業務に深く踏み込んだ使い方へ移していく。例えば、法人のお客様の土地活用を提案するソリューション営業は、まさに暗黙知の塊。そのノウハウをAIが使えるかたちに整理できれば、営業活動そのものの質を底上げできます。個人単位の情報拡張はすでに進んでおり、加えて、グループ会社のコア業務そのものをAIで変える取り組みも動き始めています。

そして、ステップ3が「業務変革」期です。AIを既存の業務に足すだけでは、効果は限定的にとどまります。AIを前提に業務プロセスそのものを設計し直し、人とAIの役割分担を最適化する。ここまで来てはじめて、投資に見合う成果に直結すると考えています。

こうした変革を支えるのが、データ基盤の整備です。当社の事業はオフィス、商業施設、住宅、物流などアセットごとに分かれ、データもそれぞれに蓄積されてきました。これを横断して活用しようとすると、同じ会社でもデータベース内で社名の表記にゆらぎがあるなど、統合のハードルは決して低くありません。近年はAIによってこうした名寄せの精度が上がり、以前は難しかったことが現実的になりつつあります。分散したデータを安全に統合し、AIが必要な範囲でアクセスできる共通基盤を築いていく。さらには、そのデータ基盤に社内のさまざまなAIエージェントがつながり活用できる。ここは大きな伸びしろだと考えています。

三井不動産 AI戦略室室長 
山根 隆行

――AX を進める企業の多くが、PoC(概念実証)を成果につなげられないという課題を抱えています。何が分かれ目になるのでしょうか。

山根:PoCが成果につながらないケースの多くは、課題設定そのものに問題があると考えています。PoCを始めると、つい「どう解決するか」というソリューションづくりに時間をかけてしまう。しかし本当に重要なのは、その手前です。「何を解決すれば価値が生まれるのか」という問いを、正しく、かつ解像度高く立てられているか。問いさえ正しければ、一度の PoC で失敗しても、改善を重ねていけば必ずゴールにたどり着きます。逆に、PoC を実施すること自体が目的になってしまうと、「うまくいかなかった」で終わり、次につながらないため、私たちは問いを立てることに重心を置いています。

宇都宮:小さく始めて、失敗も成功も体験したうえで本番に展開する。基本はこれに尽きますね。ただ、日本企業には失敗を共有しない傾向があります。一部の人だけで実験が終わり、その結果がほかの部門に伝わらない。だから、別の部署がまた同じ失敗を繰り返してしまう。

本来、失敗は隠れた財産なのに、誰もそれを口にしたがらないのです。ですから私たちは、「失敗はみんなの財産だ」という意識を根づかせる仕組みをつくろうとしています。まずは AI 戦略室が率先して自分たちの失敗を開示し、グループ全体で知見を共有するハブになる。

失敗そのものより、教訓や知見を次に手渡せるかどうか。そこが分岐点だと考えています。

南出:特に三井不動産は、事業や本部ごとに縦の組織がありながら、横のつながりが非常に密だという印象があります。そういう風土のもとで、適切な仕組みがあれば、ある部署での試行錯誤が別の部署のヒントとなり、「自分たちの現場ならどう生かせるか」という対話が、各所で生まれていくはずです。そこから学びが積み重なり、新しいものが生まれてくる。その可能性を強く感じています。

ROIをどう示すか。従業員満足度という先行指標

――投資対効果をどう示すかは、AX推進における共通の悩みです。三井不動産では、ROIをどのようにとらえていますか。

三井不動産 執行役員 DX本部長 
宇都宮 幹子

宇都宮:効率化を目的とした投資は、その効果を金額で証明することが本来とても難しいものです。省力化によって「業務が楽になった」という手応えはあっても、それが具体的にいくらの価値になるのかは、なかなか定量化できない。AI投資についても同じですが、急増するAIコストに対して定量成果の提示は不可避なので現在、仮説を持って定量化にトライしています。もちろん目に見える成果が出るまでには時間がかかる。それに経営側がどれだけ耐えられるかが、とても大事だと思っています。

そのうえで、私が今注目しているのが従業員満足度です。若い社員を見ていると、アウトプットが速くなり、空いた時間で深く分析したり、別の課題を見つけたりしている。おそらく、仕事そのものが面白くなっているのだと思います。「AIを使って自分の仕事が面白くなった、役に立っている」という手応えは可視化できる。それが、経営層を説得するための現実的な先行指標になると考えています。

南出:その視点は、私どもの実感とも重なります。従業員満足度を調べると、煩わしい作業に取られる時間や、それを処理しているときの気持ちが満足度を下げる要因として確かに表れます。そこをAIに任せ、よりクリエイティブな仕事や、お客様に向き合う仕事に集中できるようになれば、満足度のスコアは確実に動く。

KPIの置き方も、成熟度に応じて変えるべきだと考えています。初期段階は、利用率や研修の受講率で十分です。次の段階では、AIで仕事の進め方がどう変わったかというユースケースの数と、その効果を測る。そして最終的に、売上やお客様満足度といった、ビジネスに直結するKPIへつなげていく。最初から財務的な成果を求めすぎると、現場がついてこられません。KPIは、実績の積み上げのなかから設定していくものであって、先に定めて現場を縛るものではないと考えています。

宇都宮:人事評価にAIの観点を組み込むことも、いずれ必要になるでしょう。AIをうまく使い、本来期待されている、より付加価値の高い役割を果たせているか。そうした評価軸も考えていかなければならないと思っています。

――AI活用のリスクを防ぐために、どのような監査プロセスが必要でしょうか。

PwCコンサルティング 執行役員/パートナー 
南出 修

南出:最終的な意思決定とその責任は、すべて人間が負う。これが絶対の原則です。だからこそ私たちは社内のコンサルタントに、AIがどれほど多様な提案をしてきても「本当にそうなのか」と考え、立ち止まれる力を求めています。具体的には、コアとなるスキル研修に、批判的思考(クリティカルシンキング)とシステム思考(システムシンキング)のプログラムを組み込みました。

ただし、責任を人間が負うと徹底するほど、一人ひとりが背負うものは従来とは比べものにならないほど重くなります。だからこそ、個人に任せきりにせず、複数人で確認する、管理者がしっかり目を通すといった、組織として個人を守る体制が欠かせません。ガバナンスの設計でも、私たちは初期の段階で、許容できるリスクとできないリスクの線引きにかなりの時間を費やしました。クライアント情報の守秘義務という、絶対に越えられない一線は守る。そのうえで、どこまで現場に裁量を渡すかを決めていく。この線引きができてから、活用は一気に進みました。時間をかけて議論したことは、遠回りに見えて最短ルートだったと感じています。

山根:当社では、AIガイドラインを策定して全社に展開するとともに、eラーニングでAI活用のリスクについて学ぶ機会を設けています。また、先ほどもお話ししましたが、社内データとAIを連携させる際に安全にアクセスできるプラットフォームの構築も進めているところです。AI活用の価値を最大化するには自社固有のデータの活用が鍵となりますが、それは安全でなければなりません。アクセス制御とガバナンスをシステムで担保することで、人の善意に頼るだけでない管理体制を実現しようとしています。

南出:視点を変えると、もうひとつ気をつけるべき点があると思っています。
それは、AIを使いこなせる人ほど、際限なく仕事を抱えてしまうのではないか、という懸念です。意欲の高い人ほど知的好奇心が強く、お客様や会社の期待に応えたいという思いがあります。これまでは時間や制約に阻まれてできなかったことが、AIを使えば次々とできるようになる。一方で、自分でも気づかないうちに際限なく仕事をしてしまう状態が生まれるという見方もできます。だからこそ、その意欲をいいかたちで生かすために、上司が部下の働き方を見守ることが、これまで以上に大切になるかもしれませんね。

宇都宮:新しい視点ですね。
AIはチームの一員であっても、私はあえてサポーターとして使うことを意識しています。AIや技術そのものの学びに加えて、本来自分がやるべき仕事の意味や目的を問い続けること。AI以外のスキルを磨き続けることが、これからますます大事になると考えています。

“らしさ”を高める攻めと、守るためのガバナンス

――AIが普及するにつれて、人の仕事の価値や働き方はどう変わっていくとお考えですか。

宇都宮:バックオフィスの業務を効率化することで、社員がお客様とコンタクトする余裕が生まれ、接点をもつほど顧客をより深く理解するためのデータも蓄積されます。

AIが普及すれば、どのデベロッパーも同じ分析ができるようになるでしょう。だからこそ差別化のポイントは、データの独自性と、最後は「この人だから信頼できる」という人間的な部分に集約されていく。“AIでは決して説明できない人”、私自身そういう人になりたいと思っています。そうした社員がどれだけ多いかが、会社の競争力になる。人柄や性格、マインドセットといったものが、これからますます重要になると考えています。

南出:今後は、「何を言ったか」よりも「誰が言ったか」が、信頼を左右する時代になっていくと思います。「三井不動産のあの人が言うなら」という信頼が、ビジネスを動かす。信頼を得る領域は人が担い、その舞台裏をAIが支える。その役割分担をどう設計するかが問われます。

そのときの基準になるのが、それぞれの会社の“らしさ”ではないでしょうか。最後に価値を生み出すのは、やはり人です。PwCにはPwCらしさ、三井不動産には三井不動産らしさ、そしてその社員らしさがある。その“らしさ”をより高めていくための攻めの活用と、守るためのガバナンス。AXを進める企業は、自社にとって何が価値の源泉なのか、そのビジョンやパーパスを体現するのは誰なのかを問い直すことから始めるべきだと思います。最終的には、AIやデジタルへの投資は、自社のビジョンやパーパスを体現する人への投資に行き着きます。AIが進化するほど、人の価値が問われる。私はそう考えています。

宇都宮 幹子

三井不動産 執行役員 DX本部長。1991年、三井不動産入社。住宅開発や法人・個人向けの提案営業を通算で約20年間経験。情報システム部門やホテル運営会社への出向などを経て、2021年 執行役員に就任。2023年よりDX本部副本部長。 2025年より現職。

山根 隆行

三井不動産 AI戦略室室長。大学卒業後は国内企業でITエンジニアを経験。その後、通信会社や化学メーカー勤務を経て、2023年三井不動産入社。2026年より現職。

南出 修

PwCコンサルティング 執行役員 パートナー。1999年入社。大手製造業・流通・不動産など、20年以上の幅広いコンサルティング実績を持つ。PwCコンサルティング社内のAI活用推進のリーダーも務める。

Promoted by PwCコンサルティング合同会社text by Motoki Honmaphotographs by Daichi Saitoedited by Aya Ohtou(CRAING)