Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2026にて、ノルケイン特別賞を受賞したのは、車いすテニス界の最強王者として、世界ランキング1位に君臨する小田凱人だ。偉大なアスリートへと成長し続ける彼は、二十歳にして強烈な自我とスタイルを築き上げ、さらにその存在を大きなものにしようとしている。その情熱が、独自の進化を続けるスイスの機械式時計ブランド「ノルケイン」の精神と響き合う。
新しい流れをつくるプレイヤーでありたい
スイス時計の歴史は、数百年にも及ぶ。そのなかで多くの時計ブランドが生まれた。こういった老舗たちがマーケットリーダーであるのは当然だが、そのなかで新しい流れをつくろうと挑戦を続けているのが、創業9年目というスイスの機械式時計ブランド「ノルケイン」である。
ノルケインは歴史こそ短いものの、独自性の高いデザインや素材を開発し、参入が難しいとされるミドルレンジの価格帯で存在感を出し始めている。その積極果敢な姿勢は、時計業界の大物たちを引きつけ、彼らの知見や経験を分け与える形でサポートを惜しまない。
そんなノルケインとForbes JAPANが手を組んだ「ノルケイン特別賞」は、今年で三回目を迎えた。第三回の受賞者は、男子車いすテニスの世界ランキング1位に輝く小田凱人。この競技におけるほぼすべての最年少記録を塗りかえてきたパラスポーツ界のカリスマである。
サッカー少年だった小田は、9歳の時に左脚に骨肉腫を発症し、左脚の股関節と大腿骨の一部を切除して人工関節に置き換える手術を受けた。誰もが打ちひしがれる状況だが、2012年ロンドンパラリンピックで国枝慎吾がプレーする姿に感動し、車いすテニスに引き込まれていった。幸運だったのは、車いすテニスのクラブが実家の近くにあったことだ。
「もしもクラブが遠くにあったら、毎日通うこともできませんし、ここまで熱中できたかわかりません。さらに日本は世界のトップ20人に多くの選手が入っている車いすテニスの強豪国なので、環境面でも飛び抜けています」
小田が車いすテニスプレイヤーとして、プロになったのは15歳の時だった。それは大きな挑戦だった。
「テニスは世界中をツアーで回りながら試合を行うスポーツです。いろいろな国に行き、試合をする。そこで自分の爪痕を残して帰ってくるというのを、年に10回ぐらい繰り返します。常に何かしらの目標があって、それに向かって努力するという毎日ですが、普通ならこういった生活が始まるのは22~23歳くらいでしょう。しかし僕はもっと早くスタートでき、海外での試合で多くの影響を受けました。若い時から競技も含めてたくさんの経験を積み、価値観を養うことができたのは、確実に今の自分に繋がっています」
しかし小田とツアーを回るプレイヤーたちは、親に近い年齢ばかり。それでも子供のころから、スポーツをするのも遊ぶのも年上と一緒だった小田にとっては、その状況が心地よかったという。現状を受け入れ、気後れせずポジティブに立ち向かうのだ。
「僕自身は、自分がポジティブだとは思ったことはないんです。ただしネガティブでもない。というかそういうことを意識したことはない。人からは、それをポジティブ思考って言うんだよって突っ込まれますが、本当に意識したことはないんです」と笑う。

勝ちに偶然はない。己のスタイルで挑む“王者”の美学
現在の小田は、全ての最年少記録を塗りかえるように破竹の勢いで勝ち進んでいる。9月8日から始まる全米オープンテニスで勝利を収めれば、男子史上初で史上最年少の年間グランドスラムを達成することになり、残る記録はその年でグランドスラム+パラリンピック金メダルをすべて獲る「年間ゴールデンスラム」のみとなる。テニス全競技でもこれを達成したのは、1988年にシュテフィ・グラフのみという偉業だが、それさえも小田にとっては通過点なのかもしれない。(すでに史上最年少のキャリア・ゴールデンスラムは達成済み)
「ライバルと戦うというよりは、試合と試合の間の期間でどれだけ自分が伸びて、相手を打ち負かせるかという意識が強いかな。だから対戦相手は、自分がどれだけ強くなっているかを知るためのベンチマークに近いかもしれません。というか誰かをライバルと思いたくない。ライバルと思うってことは、相手を上に見ているということじゃないですか。逆に相手が自分をライバル視するのは大歓迎ですね(笑)。史上最年少の記録は嬉しいけれど、それを自分が保持し続けたいという気持ちはない。むしろ記録を破って欲しいので、今は後輩のために超えるべきハードルを作っている感覚ですね」
スポーツ史に残る結果をいくつも実現してきたにも拘わらず、彼の言葉にはまったく気負いがない。
「何かを成し遂げるというよりも、ピースをどんどん埋めている感覚なんです。試合に勝つ、大きな大会で優勝するというのも、奇跡を起こしているのでなく、“自然現象”という感覚。自分がこれだけやったら、ここまでいくという確信があるし、負けた時は、やっぱりあれがダメだったんだなって思い返せる。勝ちに偶然は無い。勝つということは、積み重ねの結果でしかない。経験を積めば勝ち方もわかるし、これだけやったらここまでいくんだなっていうのがわかるので、軌道に乗ってきた時は楽しいですよ」
その結果が、17歳1ヶ月4日という史上最年少の車いすテニス男子世界ランキング一位という栄誉だった。しかしその肩書きに対しても、数字を気にすることはない。
「ランキングの上下を意識することはなくて、どちらかといえば、車いすテニスという世界の内側と外側というイメージを持っています。競技を始めたころは、当然外側にいるのですが、勝っていくにつれてだんだん内側に入ってこれた。今はこの競技の中心で、新しい流れを作ることができる選手になりたいんです。今年のウィンブルドンで、車椅子を真っ白にしたのも、そのひとつ(著者注:ウィンブルドン選手権では、ほぼ完全に白いウェアの着用が義務。ただし車いすの色に規定はない)。みんなが想像しないようなことをどんどんやって、新しい流れを作っていきたい。みんなから真似されるプレイヤーになれたら嬉しいですね。車いすテニスの世界でも世代交代が進んでいて、あと3~4年したら、若い選手たちがプロツアーに参加してくるでしょう。これまで年下の選手と試合をした経験がないので、そこからまた楽しくなるでしょうね」
小田 凱人に憧れて車いすテニスの世界に飛び込んだ若手が、憧れの先輩と戦う。その構図が、ますます競技全体を盛り上げることになるだろう。
だからこそ憧れの対象になる男でありたい。それは彼のファッションやスタイルを見ればわかる。彼のSNSには競技活動だけでなく、カジュアルからスーツスタイルまで、軽やかに着こなしたファッショナブルな写真も並んでいる。もちろん時計好きでもあり、大きな大会で優勝した際など、節目に合わせて時計を手にしてきた。
「時計選びは直感かもしれないですね。ただし、自分とリンクするかどうかは重視します。全身をラグジュアリーにまとめるのではなく、カジュアルなスタイルに高級時計をつけるのも好き。つけたい時計に合わせてコーディネートを決めることも少なくないですね」
そんな彼が選んだのは、ノルケインのフラッグシップである「ワイルド ワン スケルトン」の日本限定モデル。ブラック×ホワイトのシンプルな配色なので、ファッションにも合わせやすいだろう。
撮影の準備が整うと、何本か用意していた中から白いステッキを選び、カメラの前に立つ。時計とファッション、ステッキをコーディネートした姿は、コートのなかで観客を熱狂させる彼とは違った魅力がある。
「ノルケインのような高機能のスポーツウォッチは、これまで選んだことがありませんでした。しかし腕に着けてみると驚くほど軽い。写真で見ていたときは大きいかもと思っていましたが、つけると腕に馴染みますね。ケース素材はカーボン複合素材のノルテックだそうですが、頑丈で傷がつきにくそうなのもいいですね」
耐衝撃も優れており、今シーズンで引退を発表したスイス人テニスプレーヤーのスタン・ワウリンカ選手も2024年からノルケインのワイルドワンを着用して試合に臨んでいる。もちろん車いすテニスの場合は、ショットだけでなく車いすの操作にも腕を使うので、通常よりもさらに過酷な環境になるはずだ。しかしノルケインは挑戦するブランドであり、小田の挑戦を様々な形でサポートしてくれるだろう。
時計サイドのプレートにメッセージを刻印することで、世界に一本の時計に仕上げるサービスがあることを知らせると、「やってみたいですね。何を入れようかな……」と弾ける笑顔を見せる。
世界で一本しかないノルケインの時計とともに、車いすテニスの世界に新しい流れをつくる。小田凱人の挑戦はまだまだ続いていく。
おだ・ときと◎2006年5月8日生まれ。愛知県一宮市出身。10歳から車いすテニスを始め、世界Jr.ランキング1位を最年少で達成。2022年11月には、車いすテニスの年間チャンピオン決定戦「NEC WHEELCHAIR SINGLES MASTERS」で大会史上最年少出場&優勝。23年は、全仏オープンでグランドスラム史上最年少優勝(17歳1か月2日)。以降、4大大会のシングルスで10度の優勝を成し遂げる(26年8月現在)。さらにパリのパラリンピックでも男子シングルスで金メダルを獲得。名実共に、車いすテニス界を牽引するトッププレイヤー。



