アート

2026.08.19 15:15

人にとって「つくる」とは何か?

京都YouMeトリエンナーレは渉成園を中心に開催される。

いよいよ始まりますね。YouMeについて以前からお話を伺っていた身として、大変楽しみにしていました。今回は議論の種を先陣切って蒔くつもりで、「つくる」について思うことをツラツラと書いてみたいと思います。
 
まず、この記事の発端となった「純粋で軸がぶれていない」という言葉は、わたしにとっても良い意味での「引っ掛かり」でした。

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「つくる」と「軸がぶれない」はどう両立するか? その問いをもって、文化を担うクリエーターたちを眺めてみると、その多くは過去に成功した作品に定義されることを拒み、同じことを繰り返すことに興味を持っていないことに気づきます。
 
シンガー・ソングライターのチャーリー・ xcxさんは、今年6月のRolling Stone Indiaのインタビューで、彼女のアルバムはそれぞれ「対立し合う」ことで繋がっており、同じものを2度つくることには、創造的なやりがいを感じていないと語ります。特に、彼女を一躍「時の人」にした前作『Brat』と、最新作『Music, Fashion, Film』の関係については、コンセプトの対立こそが「connective tissue (結合組織)」だと表しました。
 
もうひとり、ロンドン北西部の風変わりな多文化コミュニティを描いた『ホワイト・ティース』で2000年にデビューし、瞬く間に英米文学の「未来の担い手」になったゼイディー・スミスさんも、その続編を書くことを拒み続けています。Interview Magazineのインタビューでは、「20人中20人が良いと言うものは、大抵たいしたものではない」という世代的な感覚や、「退屈しやすい」性分が執筆の動機にあると語っています。

もうひとつ、「純粋である」という表現も、「スレていない」とか「純朴」という意味ではなく、「辛抱強く信じ続ける状態」として解釈したい。ただ、それを続けるには一定の「したたかさ」が不可欠で、クリエイティブを支える論理や戦略を積極的に追求する必要があります。安西さんが以前の記事で引用していた「ひと世代前の機械を使い続けていくなら、それ以外のオペレーションのデジタル化を徹底すべきである」というミラノの繊維会社の社長の考えにも共鳴します。

「つくる」とは、まさに、予想されたエンディング、決まったエンディングを変えようとする行為であるはずです。 脱中心的でいい。中心は多い方がいい。固定された「ぶれない軸」があるのではなく、「ぶれ続けることを恐れない態度」という軸がある。言葉のあやのようですが、それが新しいラグジュアリーにおける「純粋さ」に思うのです。

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文=安西洋之(前半)・前澤知美(後半)

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