これに関連して、体のバランスを司る、内耳の前庭器官に着目する説もある。筋肉の緊張が緩むと、脳が瞬間的に、この変化を本当に体が落下したのだと勘違いし、体の向きを修正する反射神経を発火させる。これは、縁石に足の指をひっかけた時に、転ばないように体がバランスを取るのと同じ、自動修正のメカニズムだ。
入眠時けいれんの「落下感」は、樹上生活の名残なのか
このように「体が落下している」と誤解する脳の働きがあると考えると、入眠時けいれんが樹上生活に由来するという仮説が魅力的に見えてくる。木の上に寝ている時に、筋肉が緊張を失えば、直接的な身の危険が生じるからだ。
完全に眠りに落ちる前に、体をピクリと動かし、枝を握る力があることを確かめて、体勢を再び安定させるような反射は、樹上生活であれば確かに有用だろう。そして、有用な形質は、自然選択によって受け継がれるものだ。
英ノーザンブリア大学に所属する睡眠科学の専門家、ジェイソン・エリスが『The Conversation』への寄稿で書いているように、入眠時けいれんは、眠りに落ちようとする生き物が(特に木の上でうつらうつらしている場合)、意識を失う前に、自分のいる場所の足場を確かめようとする行為なのかもしれない。
こうした祖先の姿は、十分に現実的に考えられる。ヒトを含む霊長類は、何千万年にもわたって木の上を住処としており、今でも大半の種はこうした木の上で寝ている。サルのなかには、木の枝の上で、背筋を伸ばして座った姿勢で眠るものもいる。こういうサルは、坐骨近くの皮膚が厚くなった部分をクッション代わりに使っている。これは、サルの臀部にできる「尻だこ」と呼ばれる部位だ。
類人猿はさらに器用で、ほぼ毎晩、木の枝を曲げたり織り合わせたりして、新しいねぐらを作り上げる。より地面に近いところで寝る習慣は、ヒトの系統では最近発達したものであり、はるか昔の祖先から受け継いできたものではない。
しかし事実関係で言えば、この樹上生活を根拠とする説を直接的に裏付けるエビデンスは、今のところ存在しない。しかも実際問題として、このエビデンスを見つけるのはかなり難しいと考えられる。
これは、ある事実に対して、もっともらしいストーリーが後付けされた例と言えるだろう。進化生物学の世界では、こうしたストーリーを求める心情を指す専門用語もある。それは「スパンドレル」といい、1979年に『Proceedings of the Royal Society B』に掲載された論文で提唱された。この論文の著者であるスティーブン・ジェイ・グールドとリチャード・レウォンティンの両氏は、こうしたストーリーの付与に批判的で、「すべての形質が適応によって生まれたわけではない」と主張した(スパンドレルとは、ドームを支えるアーチの間に生じる三角形の建築構造のことで、「意図的設計ではなく副産物として生じたもの」の比喩として使われる)。


